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フォート・リーの王宮では、ロッカウェイ公国第一公女、ジジを賓客として迎える大掛かりな歓迎会の準備の最中であった。
ロッカウェイとフォート・リーの間には国交はない。フォート・リーがジジを賓客として迎える事は、政治的にはフォート・リーとロッカウェイの和平路線の確立を意味する。それは好戦的なフォート・リー新王の周辺諸国にとって、大変歓迎される知らせである。
政治的に中立の立場をとるロッカウェイ公国にとり、第一公女のフォート・リーへの外交は問題はないが、ジジはその直系の高祖父や、外戚に周辺国のからの正当な血統ももつ。フォート・リーに敵対するアストリア国に留学中と言う身分。今回の調査依頼は、非常に繊細な外交問題を含むものであった。
今回ジジは、ミツワ王宮の別邸を与えられて国賓として迎えられた。先先代の王妃の趣味で建てられたと言うその邸宅は、品の良い青と白を基調とした館になっており、小ぶりの女性的な建物は、女性の貴人を迎えるのにうってつけの貴族趣味の溢れる作りになっている。
「。。。ってどうやってレイチェル探すのよ、ゾイド様。下手に動いたら開戦になっちゃうし、うちの国にも問題は飛び火するからちょーっと落ち着いて考えて下さるかしら。」
早速多くの”影”達に色々と指示を出し、王宮本殿の結界の綻び部分などを入念に調査するゾイドに、ジジはジト目で、言った。
ジジは今晩の歓迎会の主賓だ。
朝から侍女にかしづかれて可愛らしい髪型を結い上げられてドレスをあれやこれやと変えられている。
実際の年齢は違うとはいえ、見た目はまるで子供のままのジジを深夜の舞踏会で歓待するのはどうかと、今回の歓迎会は、音楽の夕べと言う趣きだ。
明日からの予定も歌劇や、舞踊団の歓待など、ジジの非常に特殊な身体の状況、政治的状況を踏まえた、大変優秀かつ、丁寧な外交の対応だ。
この美しい貴族趣味の館には、ジジだけが逗留しているわけではもちろんん、ない。ジジの連れてきた従者、そして公女の侍女達。すなわち、大変困ったレイチェルの婚約者もここに滞在していると言うわけである。
「。。ジジ、お前に迷惑はかけないと約束する。ただレイチェルを連れて帰るだけだ。」
そもそもこの部屋にゾイドがいると言うのが迷惑な話なのだが。
身支度中の高貴な乙女の部屋だと言うのに、無遠慮にゾイドは魔道具を色々と並べる。この部屋に入室できるのは、アストリアから連れてきた侍女だけなので、ミツワに知られたくない作業をするにはうってつけ、なのだ。
ジジは己の上司がどう言う人間かよく知っているので、半ば諦め半分だ。
ゾイドはレイチェルが王宮の本殿で客分扱いになっている事までは把握している。本殿から出たのは遺跡の調査の時だけ。ただ、そもそもレイチェルは引きこもりなので、外出を禁じられた結果なのか、それとも勝手に引きこもっているかまでは、判断できない。
ゾイドはチョイチョイ、と魔術を展開すると、転移魔法で、魔法で作り上げた鳥を目の前に召喚した。
「ちょっとゾイド様!変な魔術使わないで。フォート・リーの監視はご存知でしょうに!」
ジジが大慌てで止めるが、当然、ゾイドは何にも聞いてはいない。
魔法陣から迫り出してきた、本物と見まごうような美しい鳥達は、皆半分かけていたり、頭が飛ばされていたり、無残なものだった。
「ふん。なかなか強固な警備だな。。対魔法の防御壁に跳ね返された鳥と、それからこの鳥は、直接魔術士に狙われて落とされた様子。。。こちらとこちらは、それぞれ別の騎士にでも落とされたか。。」
スッと無残な形の鳥を手に取ると、鳥は霧になってジジの目の前で消えた。
「。。すごい。。」
ジジは散々迷惑をかけられているその男の手の中で繰り広げられた、物質化の魔術の凄まじさに、背筋が凍る思いだった。
この数の、魔法で物質化された鳥に諜報をさせているのだ。そんな事が可能な男は、おそらくフォート・リーでもアストリアでも、一人だけ。
この男が本気になれば、国の一つを相手に戦争を起こすことも可能であろう。先の王兄、バルト殿下がそうであったように。
「ジジ、見なさい。ここの部分とここの部分は、強い魔力を伴った剣で叩き落とされている。全て本殿の中庭に放った鳥ばかりだ。おそらくレイチェルの監視に当たっているのも魔法剣士だ。王宮に出入りできる身分の魔法剣士で、これだけの太刀筋で、この威力の魔力をを保有するものは多くない。」
ゾイドは側に控えていたローランドの方を振り向く。
「ローランド」
「はい。」
「該当者は。」
「おおよそ10人ほどに絞り込まれるかと。まず第一は、、、、」
遠くで聞こえる、ローランドが提供するフォート・リーの該当する貴族達の名前を聴きながら、ジジはそれこそ、今度は違う意味で背筋が凍った。
ゾイドは、フォート・リー到着初日で、すでに目的のものにこれだけ近づいているのだ。
(うわー。。。レイチェル、あんた、絶対この男から逃げられないわ。。)
侍女達に宝石を飾られながら、色々な意味で不憫な己の地味な友人を思った。




