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遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
今日は憎たらしいくらい、青い空が広がっている。
冬の始まりだと言うのに、まだミツワは暖かく、肌を切るような澄んだ空気が心地よい。
しばらくの沈黙の後、レイチェルは口を開いた。
「えーっと。。ルーク様、どうしたんです。。か?」
最初は笑い飛ばそうと思っていた。
何の冗談かと。
だが、レイチェルの手を取って離さない、その震えた手の硬さを知って、冗談にはできなくなってしまった。
「聞いての通りだ。。。お前を、妻にと、、、言っている。」
声は震えている。レイチェルの手を握るルークの手はますます硬くなって、手袋越しにでも、じっとりと掌に汗を感じる。
「。。何で、そんな事をおっしゃってるの。。?」
レイチェルは本当に理解ができないでいる。なぜ?どうして?
ルークはレースの小さな手を握った手にグッと力が篭る。
「何でって、お前、そんな事、分かるだろう!」
「分からないから聞いております!そもそもルーク様は私の事は地味でみっともないと思し召しでしょう??
そんな娘を妻に、なんてどう言う事情がおありなのですかルーク様??」
困惑に困惑を重ねたような顔で、可愛い顔を上げて真っ直ぐに見つめてくる。
(だ、誰からから命令されて、だとかそう言う類の面倒が理由なら、先におっしゃって下さらないと、心臓が爆発してしまうわ。。)
この美貌の男に、例え冗談でも求婚されて心穏やかでいられる娘など、フォート・リーにもアストリアにもいやしない。
残念令嬢なレイチェルでも、流石に胸が高鳴ってしまって、体が震えて動けなくなる。
ルークはその真っ直ぐな目にたじろいで、手の力を緩めると、目線を床に落として呟いた。
「。。お前は確かに地味だし、令嬢としては本当にどうしようもない。。」
(あ、ほら腹の立つ事を言う。いつものルーク様だわ。)
「。。行儀は悪いわ、言う事は聞かないわ、野暮ったいし地味だわ、おまけに口も悪い。本当にお前はどうしようも無い。。」
独り言のように、うつむいてぶつぶつ口の中で色々文句を言っている。これが通常運転のルークだ。
いつものルークに少しホッとした。
だがそんなレイチェルの手を、またルークはぐっと引き寄せて、真っ直ぐレイチェルの顔を見ると、ヤケクソの様に叫んだ。
「畜生!俺はそんなお前が好きになったんだ。お前みたいに地味な娘なんて、俺だって不本意だ!でも!オレには!お前が誰よりも、めちゃくちゃ可愛いんだよ!」
不機嫌に大声で、真っ赤な顔で。
「お前に降嫁の話が出ていた。お前を誰かに渡すなんて、絶対いやだ。お前の隣に俺以外の誰かが立つかなど、許せるか。」
ルークは強引にレイチェルを抱き寄せると、胸いっぱいに息を吸い込んで、レイチェルの肩を宝物のようにそっと、大切そうに抱き寄せて言った。
「。。大切にする。。好きなんだ、お前の事が。。」
レイチェルはルークの肩越しに、助けを求めるように、目線を泳がせてルーナを探す。だが、どうやら庭から出て行ったらしい。
風が通って行った。
ルークの美しい金髪がレイチェルの頬をくすぐる。
青い百合のような香りがした。ルークの香りだ。
「。。嘘、嘘よルーク様、冗談って言って。ね?」
「冗談な物か。。。」
レイチェルはほとんど、怖くなってしまった。ルークは間違いなく、本気だ。
レイチェルは気持ちがついて行かない。
ルークはゆっくりとレイチェルの両肩に腕をやり、体を離すと、真っ直ぐとレイチェルの顔を見た。
この国きっての美貌の男。顔を苦悶に歪ませて、眉をひそめ、ほとんど泣き出しそうな、思い詰めた美しい金の瞳。
ルークは、小さく震えながら、しかし、真っ直ぐにレイチェルの目を見て、言った。
「レイチェル、お前を愛している。」
噛み付くような口づけを、した。




