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「あらー!今日はまた素敵な装いですね!どっかの王子様みたいですよ!」
レイチェルはニカっと令嬢らしからぬ大きな笑顔でルークを迎え、いつもの軽口を叩く。
実際ルークはいつも以上に美麗な装いだった。濃紺のベルベットでできた上着には重い金のループが飾られてあり、長い足にぴったりとしたトラウザーは、シンプルながら完璧なカットが施されている。
長い足を包むブーツは一点の傷もない。複雑な文様が刻み込まれているボタンは、芸術品のようだ。ミツワの娘達の全てが、今日のルークの装いを見たらため息をつくだろう、完璧な美しさだ。
いつもであれば、ここで「俺はこの国の宰相の息子だ!もっと敬意を払え!」だとか、「今更気がついたが馬鹿者!」だとか、そういう言葉が返ってくるはず。なのだけれど。
今日のルークは何だかおかしい。ルーナもだが。
ルークはごほん、と一つ咳払いをすると、レイチェルに向かって、
「お、お前も、似合ってる。。。可愛い。。。」
としどろもどろに言うではないか。よく見ると耳まで真っ赤にして。
レイチェルは何だか本当に、落ち着かない。ルークに褒められるなんて、何とも恥ずかしい。
妙な空気が二人の間で流れ出した頃に、最高にご機嫌極まりないルーナが、丁寧な淑女の礼をとって言った。
「ルーク様、お茶会の準備が整っております。どうぞお庭までお運びくださいませ。」
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何だか妙な空気だったが、ともかく庭に用意されたお茶は素晴らしい物だった。ルークが持ってきてくれたおもちゃのような可愛らしいお菓子とよくあった。レイチェルはいつものように話かける。
「ルーク様ありがとう!今日のお菓子はとっても可愛い!」
「ああ」
「今日は天気が良いので、外でお茶ができて嬉しいですわ!最近は曇りが続いていましたものね。」
「ああ」
「前にルーク様が持ってきてくださった海の本、読み終わりましたわ。続き物だと言うのでしょう?次の巻も持ってきてくださる?」
「。。ああ、すぐに持ってこよう」
何を言っても、何だか上の空なのだ。
いつもは不機嫌そうに行儀悪く椅子の上に身を投げて、それでも悪い口ながらもしっかり話を聞いてお返事をしてくれるのに。
今日はまるでその逆で、きちんと行儀よく座ったまま、やけに落ち着きなくて、レイチェルの話は何も聞いていないようだ。
いつまでもなんだか様子のおかしいルークに、ついにレイチェルは切り出した。
「。。。ルーク様、どの修道院ですの?出発はいつですの?」
「はあ??」
ルークは口に運んでいたカップをすんでの所で落とす所だった。
「私は修道院に送られるのでしょう?出発はいつになるのですか、と聞いております。」
レイチェルは、心底呆気にとられた言う顔をしたルークに、ずいっと身を乗り出した。
「ルーク様はお優しい方だから、言い出しかねているのでしょう?私は大丈夫ですよ、ルーク様。修道院は海に近い所だとよろしいですけれど、ルーク様たまにはあいに来て下さいます?あと20人ほどの髪飾りの約束があるので、それが完成するまでは少しお時間をくださると嬉しいですけれど。。。」
ルークは白い手袋のはめられた手を目の上に当てて、しばらく無言で、そしてようやく口を開いた。
「あー、レイチェル、ちょっと待ってくれ。」
そして深いため息のあと、ゆっくりと質問をした。
「あー、だからお前は、俺が今日、お前の修道院行きを告げるために、こうしてわざわざ先触れを出して、やって来たと、そう思ってるわけだ。」
「だって!それ以外に考えられます?あのルーク様がこんなに丁寧なんて、きっとそう言うことなんでしょう?レイチェルにだって流石にわかりますわ!」
後ろを見ると、もう死にそうに赤い顔をして、笑いを堪えているらしいルーナの顔が目に入った。
(あの侍女、、、覚えてろ)
神妙な顔をしたレイチェルの顔を見直して、ルークは続ける。
「。。。とりあえずそれは誤解だ。王はお前には報いたいと思し召しだ。」
「はあ。。。でしたら今日は何用でおいでなのですか?さっきから様子がおかしいし、言いたい事があれば、おっしゃって下さいまし。」
修道院ではないなら、研究機関課何かだろう。いずれにしてもあまりレイチェルには興味がない。
おもちゃのように可愛い繊細な作りのお菓子を、行儀悪くいくつも自分の皿に並べてどれを先に食べようかと逡巡する。本当にこの男は、こう言う部分は天才的だ。
「。。。レイチェル、聞け。」
「聞いてますよ、ルーク様。お花のお菓子にしようかしら、馬車のお菓子にしようかしら迷ってるだけですよ。」
大きなため息が聞こえる。
「いや、いいそのままで。。。」
おそらくルーナが何か言おうとしたのだろう。ルークが制止している声が聞こえた。
「。。レイチェル、俺は王命で、お前に遺跡の調査の協力を願い出て、お前はそれに協力をしてくれた。改めて礼を言わせてくれ。」
レイチェルはあまりルークの言葉に含まれる重さに気付きもせず、目の前のお菓子に夢中だ。
「あー、いいですって!ルーク様にはお世話になってますからねー!ところで本当にこのお菓子可愛いですね。このお花の真ん中に、宝石みたいな砂糖菓子載ってますね。ハチですか?可愛いなあ!」
「。。。俺は王に褒賞を賜った。」
「あー、おっしゃってましたね!よかったですねー。レイチェルのお守りは大変だから、って言っていい物もらって来れました?」
やっとルークの方をむいてニカっとレイチェルは大きく笑う。
ルークは真っ直ぐに向けらられたその笑顔に、身体中が熱く燃えるのを感じた。。レイチェルはそんな事には気もつかないで、続けて視線を下にやって、今度は本物の馬車のように組み立てられたお菓子に手を伸ばす。
「可愛いなあ!この馬車はちゃんと扉が開くのですね。本当によくできてるわ。あ、中には二人も人が乗ってる!これも食べられるのですか?」
瞬きもせず、吸い込まれるようにレイチェルを見つめ、うわずった声でルークは言った。
「ああ、俺にとっては一番嬉しい褒賞だった。」
レイチェルは、お菓子でできた馬車の扉を開閉させながら、ルークの言う事にはあまり興味もなさそうに聞いた。
「あら!よかったですね!何をいただいたんですか?」
きっと、王家秘蔵のワインだとか、王族しか立ち入りできない別荘への招待だとか、そんな話か、もし褒賞が大きければ、小さな領土をもらったかもしれないかな。何でもルークが喜ぶ物なら、レイチェルも嬉しい。
そこでルークは、心から意外な事を口にした。
「。。。さる御令嬢へ求婚する、王の許可。」
(。。。え。。?)
ようやくレイチェルの手が止まった。
ふと顔を上げてルークを見ると、いつの間にか手袋を外していたルークの美しい手が、レースの手袋に包まれた、レイチェルの小さな手をとる。
美しいとばかり思っていたルークの手は、案外ゴツゴツとして、剣だこもあった。この男は、どれだけその容姿の美麗さで有名であろうが、王都を守護する、太陽の騎士なのだ。
(。。。え????)
一体全体、何が起ころうとしているのだろうか。
ルークは、レイチェルの手をグッと力を入れて握ると、渇いた口を開いた。
「。。レイチェル・ジーン。お前を大切にすると、約束する。」
思い詰めたような、金の瞳はレイチェルを捉えて離さない。
次につづく言葉が、怖い。
(震えているわ、ルーク様。。。)
レイチェルの心臓は、壊れそうなほどに早鐘を打つ。
「俺の妻に、なってくれないか。」




