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立ち直りが早いのがレイチェルの特技だ。
フォート・リー王その人にタンカを切ったのだ。これ以上事態が悪くなる事はないだろう。
アストリアに返してくれない上に、危害が加えられないという事であれば、きっとそのうち辺境の修道院に入れられて、逃げられないように飼い殺しにされるか、そんなところだろう。
その日まではせめて、とレイチェルはまた娘達の為に髪飾りを作ってやり、静かに機嫌よく日々を暮らしていた。まだどうしても一人になると心が苦しくなるので、娘達の訪問は歓迎なのだ。
(どうせゾイド様にもう会えないのであれば、泣き暮らしていても仕方がないし、。。。そもそも、ゾイド様にはもっと、ガートルード様のようなお方と結ばれた方がお幸せだわ。。)
レイチェルがそう考えるのは実は真っ当な事で、子爵令嬢にすぎないレイチェルが、国からサージの称号を授けられた国防の中心人物の妻になるのは、あまり例がない。そして、ゾイドのあの魔物のような美貌だ。おそらく国中の人間が、レイチェルの考えに賛同するだろう。たった一人を除いて。
今日は珍しい事に、ルークから先触れがきていた。
今日の午後、お茶に誘いたいという。そういえばこんな丁寧なお誘いは、最初の出会った頃位だ。
いつもは夜だろうがなんだろうが、勝手にレイチェルの部屋にやってきて、偉そうに色々と言ってきては好きにお茶を飲んで帰っていくのに。
「珍しい事もあるのね、一体なんの用かしらね。」
レイチェルは先触れをもらったので、今日の午後はルークを迎える準備をしている。
レイチェルの髪をとかしていたルーナは、ふと手を止めると、意味深な笑顔を浮かべて言った。
「きっとお嬢様にとって良い訪れになりますよ。今日は一段とお洒落してお迎えしましょうね。」
ルークなんかにお洒落しても別にしょうがない気がするが、ルーナが最高にご機嫌なので、水を差すのもどうかという気がして黙ってルーナの好きなようにレイチェルはさせていた。
ルーナは、あれやこれやと散々悩んだあと、レイチェルの真っ直ぐな髪を複雑にあんでリボンで飾って肩に流して、レイチェルが自分ではあまり着ないような薄い薔薇色のふんわりしたデイドレスを選んで、いつもはレイチェルが嫌がるのであまりしないお化粧まで少し、施したのだ。
愛らしい装いに身を包んだレイチェルは、控えめな可愛らしさで、清楚な若い乙女の魅力が十分に現れている。ルーナは渾身の出来栄えに、満足そうだ。
地味令嬢は鏡に写った自分を見た。
正直こんな可愛らしい格好で、ルークなんぞを迎えるのがなんとも落ち着かない。
何せルークにはみっともない姿しかほぼお目にかけていないのだ。
泉の際は渋々ルークが勝手に選んできたドレスに袖を通したが、それもルークが用意した物。
そもそもルークはいつも無遠慮に部屋に入ってくるので、いつものレイチェルは寝着で腕まくりの姿で刺繍と格闘している姿しかほとんど見ていないはず。
今更こんな乙女みたいな格好でおでむかえするのはなんだか気恥ずかしい。
その上かちゃかちゃとお茶の準備を始めたルーナは、なんとも甘い香りのお茶を用意し始めて、いつもは使わないような柔らかい薔薇色のクロスを出してきたり、明らかにいつもと違う。
今にも躍り出しそうに鼻歌を歌う、ご機嫌なルーナに、まるで貴公子をお迎えするようね、と冗談を言葉にしようとしてレイチェルは口をつぐんだ。
そういえばルークは、紛れもない、この国一番と言っても良い、美貌の貴公子なのだ。
どうにも、なんとも落ち着かない。一体何だというのだろう。
しばらくして、レイチェルの部屋の扉を叩く音がした。




