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ゆらゆらと開閉する石の扉の、ミスリル製だろうか、金属の取手を引く。呆気なく扉は開き、うぐめく魔力を含んだ泉の水が、中に流れ込んで行くのが感じた。間違いなく、この奥に何かがある。
(。。呼ばれている。。わね。)
レイチェルは意を決し、扉の中に潜る。水の流れに乗って、泳げるのか怪しいレイチェルでもすんなり中に入ることができた。まるで招かれているかのように水流に乗って、ついたのは、広い部屋だった。ちょうどここに空気のポケットがあるらしい。水から出て、レイチェルは小部屋を見渡す。
崩れた遺跡のすぐ下にはこんな部屋が隠されていたのだ。おそらく調査が進めば、この泉の下にはもっと色々な学術的に貴重な発見があるのだろう。
レイチェルは冷たい水から体を引き上げると、小部屋の壁を見渡した。あちこち崩れ落ちているが、読解可能な簡素な文字は残っている。水は一層強い光を放っていて、部屋の中でも昼のように明るい。
レイチェルは一つ一つの文字を拾っていく。
そして、悟った。
(なんて事なの。。それでは我々は、女神のお言葉を、ちょうど半分しか理解していなかったことになるのね。。)
この遺跡はちょうど半分は崩れ落ちているが、発掘が進めば、まだ残っている遺跡の壁に描かれている言葉と、全くきっちりと反対の事が示されているはずだ。と、いう事は、この部屋は塔の中心にあったはずの祈りの部屋。
道理で、この泉が呪いの泉になってしまったのだ。
道理で、アストリアとフォート・リーは諍いが絶えないのだ。
道理で、バルト様はお顔の半分だけ、傷を負ったのだ。。
誰も悪くない。誰も傷つくべきではなかった。女神は皆を愛しておられるのだ。
レイチェルはほう、っと大きく息をついた。そして部屋の四隅に嵌め込まれている石板に目をやる。この石板が、呪いを発しているが、どうやら元は、これは強烈な浄化に利用されていた物が反転して呪いを発している様子だ。
この石板は、状態を元に戻してやると、正常に働くはずだ。それが叶えば、この泉は聖なる泉となり、レイチェル以外の誰でもが、この知られていなかった女神のお言葉のもう半分を、受け取ることができるのだ。
もう誰も争わなくてすむ。もう誰も、傷つかなくてすむ。
(でも。。どうやって??)
立ち尽くすレイチェルの耳に、声が聞こえた。
「あなたには、素敵なお友達がいるでしょう?」
その声は今までに聞いたことのないような、声というよりも高らかな音楽のような、芳しい声だった。
「だ、誰??」
振り返ったが、もちろん誰もいない。空耳にしてはあまりにしっかりと聞こえた、美しい、美しい声。
「。。女神様。。。」
レイチェルは、どのくらい立ち尽くしていただろう。急に寒くなってきた。もう秋なのだ。夜の泉で、下着姿で水に入って寒く感じなかった方がおかしい。レイチェルは相当緊張していたらしい。
そうだ、今頃ルーク様心配しているかも。
名残おし気にしばらくこの静謐な空間にたたずみ、そしてまた水の中にゆっくり身を沈める。きた時は押し寄せるような水流だったのに、今は水の流れがすっかり止まっている。
(女神様、ありがとう。またすぐに、来ます。)
レイチェルは最後に一度振り返って、そして帰路を急いだ。




