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急に明るくなってきた。
どうやら光を放っているのは魔力が籠った水の水面かららしい。
夜なのにキラキラと、昼のように青白くあたりを照らすその風景は神秘的であった。
遺跡は深い森の、小さな泉の中に忘れられていた。
ここで行く年月も、誰のおとづれもなく、時だけが過ぎて行ったのだ。何かの古い文字が描かれた苔むした石壁の跡が水面から覗いている。
「綺麗だろう。けどな、この泉の水が厄介なんだよ。」
ルークは馬の歩みを止めると、忌々しそうに言った。
「あの泉には強力な呪いがかかっている。魔力に反応するんだ。少しでもあの水に触れたら、石になるまで魔力を吸われる。」
なるほど、「石」の乙女とはこの辺りからの命名だろう。レイチェルが触れてもただの水だが、魔力の持ち主が触れると命に関わる。
「書かれているのは古代語だろ?近くまで行ってみないと内容がしっかり分からないから、研究所の爺さん達を派遣したんだが、今度石化したらこれも効かない程度にはやばくてな。」
手にしたのは美しい細工の施されたポーションの瓶。石化ポーションは大変貴重だ。口調から結構な犠牲者がもう出ているらしい。
「そこでレイチェル様のお出ましってわけ。遺跡の壁の、裏に書かれた内容と、できたら内部も判別可能な分だけでいいから書きとってきてほしいんだ。古語はお前の得意だろう?。あと爺さん達が触れない、神殿の乙女のみ接触が許される扉の跡もあるんだそうだ。」
「。。なるほど。私以外にこの仕事できる人材がいないわけですね。。」
「お前がアストリア神殿の解呪に成功した話はすぐに伝わってきた。直ぐにこの遺跡の解析をお願いすべく、宰相とバルト様を責任者とした計画が立てられたってわけだ。」
岸には小さな小舟が用意されていた。
水面は穏やかで、優しい光を放っているが、魔力の高い者が近くにいる事への反応だろうか。水面の波紋はゆっくりとルークの方に向いていた。
ルークは顔をしかめた。
体がゾワゾワする。身体中の魔力が水に引き寄せられるのが感じる。
前にうっかり部下がこの泉の飛沫を浴びて、腕の一部が石になった事がある。気味の悪い泉だ。
いくら石の乙女と知ってはいても、こんな薄気味悪い泉にレイチェルを送るのは心配だ。
「。。気をつけろよ」
心から心配そうな顔をしているルークは、まるで迷子になった小さな少年のように見えた。
いつもの妙な流し目を作り込んだお顔よりも、ずっと素敵だな、とレイチェルは思う。
ルークが用意してくれた、道具やら文房具やらタオルやらが入っているカバンを小舟にのせて、レイチェルはニッコリと大きな笑顔で手を振って言った。
「大丈夫よルーク様!海を見せてくださったお礼に、きっとルーク様のお役に立ってきますね。」
そして、光る水面にレイチェルは小さな舟を漕ぎ出していった。




