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王宮からまる半日、途中は馬車から馬に乗り換えという遠い場所に遺跡があるという。
「一緒って聞いてましたけど、馬車まで一緒でなくたって。。。」
レイチェルは早速ぶつくさ文句だ。
「お前のことだから、馬車に乗った瞬間コルセットはずすだろう。そうはいくか!このドレスはなあ、新進気鋭の王都のサロンで、ガートルード様がお召しのドレスと同じ布地で仕立てたドレスだ。絶対脱がないようにオレが見張ってるからな!」
「誰も見てなかったらいいじゃないですか!大体、馬車の中でも刺繍くらいはできるんですから、手芸道具くらい持たせてくださったっていいじゃないですか!」
「そう言うところだ!お前今日は神殿の乙女って言う事で調査に行くのに、こんなガサツな乙女など、全ての神殿の乙女に謝れ!大体馬車で刺繍なんかして針で指を刺したらお前どうするんだ!途中の休憩所までは俺が手芸用品預かってるから、今日くらいは頼むから令嬢らしく大人しく詩でも書いてろ!」
ブツブツいいながらもルークは箱を次々と開けて、レイチェルの為に用意したチョコレートだの焼き菓子だの目の前に用意してやる。
相変わらずの二人の喧嘩をルーナは微笑ましく見守っていた。未婚の男女が同じ馬車で移動する事の意味を分からないルークでもないだろう。
めっきりこの太陽の騎士の、華やかな噂を聞かない。
聞こえてくるのは、この男が誰かに懸想しているらしいという噂。
良くも悪くもこの男は目立つのだ。
布地から選んだ、それは細かく指示をされたドレスを謎の娘に仕立てたり、毎夜姿が見えなかったり、そんな事ではない。
遠くを見つめる眼差し、小さいため息、悩まし気に思慮に耽るその佇まい。
ルークは恋をする男のように振る舞っていた。
そしてそのお相手が、聖女であるとかないとか。
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レイチェル・ジーンの降嫁先については、いくつかの家がすでに候補に上がっていた。
神殿の「石」の乙女との事、王家に近い、魔力の高い貴族の子息の中から候補は選ばれる。生まれてくる子供の魔力は、父親と全く同じものとなるのだ。
最有力候補は王の従兄弟のプリンストン侯爵家の嫡男だ。国内で最高峰の魔力を誇り、降嫁には最適だ。ただ、すでに妃が二人おり、四人の子供がいる。
次候補はバルトの嫡男。だがアストリア国の繋がりが強くなってしまうので王は難色を示している。また大変な美女好みで華やかな噂に事欠かない。だがバルトの嫡男だけあり、魔力の質、総量、そして才能全てが素晴らしい。
他にも大勢の貴公子の名が上がっている。
どの貴公子の子を為しても、フォート・リーに取っては大変な国益となる魔力の才に溢れた貴公子ばかりだ
「。。。父上。これは。。」
父に渡された書類に、ルークは動揺を隠せなかった。
レイチェルは、年明けの聖地での儀式の際に降嫁が神官より言い渡されると言う。その候補となる貴公子達のリストだ。神官からの宣言は、女神の言葉とされ、覆される事はない。
そのうち、と思ってはいたがこんなに早く降嫁させられるとは。
「儀式までには選んでやらないと行けないが、ルークよ。お前は誰がいいと思う?レイチェル嬢のお人柄をよく知っているのはお前だ。お前がこの中から選んでやるといい。多く子を為していただけるように、いい相手を選んでやってくれ。」
宰相は悪戯っぽい目でそう美しい我が息子を見た。レイチェルの誘拐に尽力した宰相に決定権がある。このリストの貴公子達については、どれに降嫁させても良いと、王の承認すみだと言う。
ルークは宰相の目に気づきもせず、レイチェルの事に心を巡らせ、貴公子達の名前一人一人に目を走らせていた。
(これは侯爵の息子か。。あの地味な娘がこんな派手な女が好きな男に嫁いだら、ただの子作りの道具にされるだけだ。。こっちの伯爵家の男は贅沢好きな下品な男だから、レイチェルみたいな無欲で清廉な娘には合わない。この男は、、金はあるがこいつは冷たい。レイチェルは優しい娘だからダメだ。こっちは。。。いい奴だが社交が大好きだ。レイチェルは静かな娘なんだ。社交ばかりのこの男の元は辛いだろう。こっちは、、、こんな美しくない男はダメだ、レイチェルが良くても俺がダメだ。。)
宰相はクックと肩をゆらせながら、一生懸命に青い顔をしてリストと格闘している息子に声をかけた。
「どうだルーク。お前のお眼鏡に叶う男はいたか?」
父の言葉は耳に入っていない様だ。ひたすら貴公子の名前を辿る。
(こいつはレイチェルより20も年上じゃないか。後、、こいつは。。レイチェルの他に妃がいるだろう。なんだ。。こっちは身分が低すぎる。降嫁した後の生活が心配だ。こっちの辺境伯は、、武骨すぎて不安だ。。レイチェルは乱暴なのが苦手なんだよ。。)
ふと、一人の貴公子の名に気がついた。
しばらくの沈黙のあと、ルークはようやく口を開いた。
「。。。父上。」
「どうだ息子よ。お前のお眼鏡に叶う男はいたか?」
「。。。この男を。」
ルークが示した名前を見た宰相は、一しきり大笑いして、そして言った。
「なるほどこの男は美しい。身分も申し分ない。年齢も釣り合う。魔力も国内の若い貴公子の中では十指に入る。だが女遊びは激しいし、何より美しいモノしか好まないだろう。」
「。。。女遊びは、もう飽きたそうです。それに、この男にとってレイチェルよりも刺激的な娘はいないかと。」
「ほう。それは何よりだ。だがレイチェル嬢は、地味な娘だ。この男に嫁いで、この美しいモノ好きの男と一緒になって、レイチェル嬢は妻として幸せにお子を何人も為してくださるだろうかな。」
「。。この男にとって、レイチェルはこの世の誰よりも、何よりも美しいかと。それから、きっと、必ず、どんな事があってもレイチェルを幸せにすると思います。」
「。。必ず、だな。」
「はい、父上。この剣に誓って。」
ルークはキッと父を真っ直ぐに見て言った。
騎士が剣に誓う事はすなわち、その名誉の全てを賭け、その誓いを違えば命を持って名誉を濯ぐと言う、最上級の誓いだ。
このナンパな息子の口から、こんな誓いが聞けるとは。
あの地味な娘の監視を命じてから、息子は確実に変わった。
「良かろうルーク、レイチェル嬢の降嫁先は、お前で決定だ。婚約発表は年明けの儀式の際、神官より下される。それまでせいぜいレイチェル嬢に心を傾けてもらえる様に努めよ。」
「。。光栄に存じます」
宰相は、ルークの顔をみずに部屋を立ち去った。




