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フォート・リーにて。
「だから、お前の睡眠不足は、そのどうでもいいような包装リボンまで魔術入れるからだろ!調査は明日の夜だっていっただろう!」
ダンダン机を叩いてレイチェルの気を引こうとルークは無駄な努力をするが、レイチェルがゾーンに入ったら誰も止められない。レイチェルは寝る間も惜しんで手芸に勤しんでいるのだ。
レイチェルにしたら朝から晩まで趣味に費やしているだけで、至って快適ライフなのだが、フォート・リーの乙女達にはそうは見えない。
また小説が大好きなルーナの、「囚われの神殿の乙女、身を削り我を鑑みず、フォートリーの乙女に愛を捧ぐ」的な宣伝もあり、すっかりレイチェルは悲劇の、そして清廉な乙女像がフォートリーの娘達の間で出来上がっている。
レイチェルは娘達に、一つ頼み事をする事にした。
出来上がった髪飾りの包装に使ったリボンを、フェルナンデス商会に出荷するブルーベリーにかけて欲しいと。
「大好きな人の所に、届くようにって。。」
最初の頃にレイチェルの元を訪ねて来た娘の一人に、フェルナンデス商会と取引きのある、輸出用のブルーベリーを扱う商会の跡取り娘がいたのだ。
囚われの身であるレイチェルからの預かりものが、アストリアへの手紙の類であれば娘達も困っただろうが、恋人を想う小さな刺繍のあるリボンがせめて河を渡るようにとのお願い。
恋愛の話が大好きな娘達は、悲劇の乙女、レイチェルの切ない、小さなお願いを叶えてやる事に躊躇はなかった。レイチェルが何もいわなくても、娘達は髪飾りを受け取るとその日のうちに、商会の跡取り娘に会いにいったのだ。
ちなみにそのような小さな秘密は絶対ルーク、いや、いかなる男にも絶対にバレない。どの国でも、恋する乙女達は仲間だ。
だがルークはルークで実際に、本当にレイチェルを心配していたのだ。
毎日取り憑かれたように手芸ばかりして、食事も簡素なものばかり。
外に出る事もなく、化粧すらしない。最近は睡眠不足もあって、いつも青白い顔をしている。
そして誰にも言わず、優しい魔術まで娘達の髪飾りに足してやって、いつレイチェルは休んでいるのか、いつになったら贅沢な要求をはじめるのか。いつになれば泣いて故国を恋しがるのか。
婚約者の男とは大変なロマンスがあったはずだ。
ルークの知っている娘の誰とも違う、この無欲で正直な娘。
(オレがしっかり面倒見てやらないと、こいつは自分の事は何も求めないからな。。)
そうやってレイチェルの気が紛れる様に、寝室に飾る花を用意したり、食の細いレイチェルのスープに滋養のつくスナドリカメの卵を入れる様に指示したり、きちんと睡眠を取る様に、こうやって嫌がられながらも毎夜眠りに着くまでガミガミと叱ってやるのだ。
「あ、ルーク様、明日でしたね!ルーク様が一緒に行ってくださるから、私安心しておまかせできます。ちょっとこれだけ終わったら寝ますね。」
「お前肌の調子くらい整えていけよ!お前でもちょっとは美しく見えるドレスを用意したんだ、肌荒れの神殿の乙女なんぞ聞いたこともない。さっさといいから寝ろ!」
クスクスと笑いながら、ルーナがレイチェルのベッドの準備を始めた。
ここのところ、レイチェルにぶつくさ文句をつけながら、体調を労わるルークと、ちょっとでも長く手芸をしていたいレイチェルの軽口の応酬は毎晩の事なのだ。
ルーナの言うことだけでは動かないレイチェルも、ルークにしつこく言われたらしぶしぶながらも休憩するし、食事も取るので助かってしまっている。
ルークはなんだかんだで、明日はレイチェルが美しく見えるようにドレスもアクセサリーも用意してやり、遺跡までの馬車も乗り心地の良い小さな可愛いものを用意してやり、道中退屈しのぎになるような物まで一つ一つ自分で選んで用意してやった。
そんな息子の様子を宰相は、面白く観察をしていた。
ルークは気がついてはいないが、毎日毎日、レイチェルの事を考え、レイチェルを幸せを思い、レイチェルの為に何かをする日々を、このフォート・リーの太陽の騎士は過ごしてるのだ。




