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ルークは衛兵には異常がないことを伝え、応接間のソファにどっかりと腰掛けた。
真っ青な顔をしている。これは怒りを通りこしている顔だ。まずい。
レイチェルはいたずらがバレた子犬のような顔をして、ルーナに上着をかけてもらい、応接間に出頭する。
これは酷く怒られる。子爵の秘蔵のブランデーをお菓子にジャブジャブに使った時の子爵の顔と同じだ。これはまずい。
レイチェルが観念してソファに腰掛けると、すぐに雷が落ちてきた。
「お前な。」
「ええっと。。ごめんなさい???」
レイチェルはとりあえず怒られる準備をしておく。
「オレがお前なんかのご機嫌取りに、躍起になってるのに、お前は何してんだ。」
ビシビシと紙の束を裏手で叩いて、口角に泡を飛ばしてお怒りだ。
白い騎士の夜会服も、乱暴に着崩して、この美麗な男から出てくる言葉にしては乱暴だ。
「この術式をかけた髪飾りを、娘達に渡していた。違うか」
ギロリと据わった目をレイチェルに向ける。まだ酔ってる。
「。。ダメでした?」
「ダメに決まってるだろう!そもそもお前は軟禁扱いで、誰かと交流できる身分でないだろう!あー、ガートルード様にまで巻き込みやがって。。。お前せめてもうちょっとマシな物を差し上げられなかったのか!なんだこのダサさ!」
バシバシとガートルードの為に作った髪飾りのデザインを叩くと、懐からペンを取り出して数刻、レイチェルの描いた絵の上を修正するように、新しい、大変洗練された髪飾りが描かれた。
「このくらいの完成度になってからガートルード様へ献上しろ!大体一体何の術式だこれ?」
ルークは怒りが治らないが、レイチェルとルーナは顔を見合わせてびっくりだ。
レイチェルは術式の展開と、手芸までは得意ではあるが、残念令嬢にデザインの能力など備わっていない。髪飾りをわたした娘達は、みな喜びつつちょっと微妙な表情をしていたのをすっかり思い出してしまった。
「ルーク様!すごいですね!ちょっとこっちも手を加えてくださいまし」
レイチェルは他の、デザイン画の原案をルークに渡してみる。
ルークは次々にレイチェルの絵に手を加えて、それは美しい仕上がりに変えて見せた。
この男は伊達に太陽の騎士などと呼ばれていない。
美しいものが好きなのだ。
「大体この術式は何だ?やたら複雑な上に効果は薄い。何が目的だ?」
自分の描き上げた作品に満足いったのと、目の前の娘が、素直に尊敬の目をむけてくるので気分は悪くない。怒りも酔いも、大分治った。
レイチェルは白状した。
「ルーク様、これは髪を真っ直ぐにする術式ですのよ。熱を当てて風を下に流して、人によっては風の向きを変えたり光を足したり。」
ルーナに合図をすると、ルーナは一礼をしてその豪奢な巻き髪の多い髪を解いて、レイチェルの改造したヘッドドレスを被る。ルーナの美しい髪は真っ直ぐ滝のように肩に流れた。
ルークは全てを理解した。
このひと騒がせな神殿の乙女は、真っ直ぐの髪になる術式を組んだ髪飾りを、日がな作っては王宮の娘達にあげていたのだ!
ここ数年フォート・リーでは真っ直ぐな長い髪が流行していたのだ。巻き毛やうねりのある髪の娘達は、それは大変な苦労をし、大いに髪を傷めて真っ直ぐにしていた。髪に手を焼いていた娘達にとっては、髪に留めるだけで髪を真っ直ぐにしてくれる術式の入った髪飾りを作ってくれたレイチェルは、聖女で間違いない。道理で娘達は誰も口を割らないはずだ。
もしこの秘密が外に漏れたらレイチェルは他の娘達に髪飾りを作ってやれない。うっかり秘密を話して他の娘達に恨まれるのは、絶対に避けたいだろう。
女同士の秘密への結託の強さはルークも良く知っている。
「それにしてもルーク様って、普通にお話できるんですね、驚きました。」
レイチェルはクスクス笑った。
「どういう事だ。」
「だって、いつもお越しになったら、訳のわからない事ばかりおっしゃるのですもの、私このお方は会話のできない方だと思っておりましたわ。」
ルークは高位貴族らしく、乙女のご機嫌とりの際は高位貴族のご機嫌とりの仕方をしていたのだ。
「「実り豊かなリッチュの森のその一片に漂う愛のしら草よ、」だとかなんだとか 。私何と言って差し上げたら良いのかすっかり。」
「。。。それで俺の事を小馬鹿にした様な顔してやがるのか。くっそ」
「皆さんの髪飾りで忙しいのに、やってきては妙な事ばかりおっしゃるから迷惑でしたのよ。」
ハハハ!と令嬢らしからぬ大笑いをする。
ルーナが少し声を落としてルークにそっと近づき耳打ちをした。
「ルーク様。恐れながらこの件はご内密に頂きたいのです。」
そして、一冊の本を差し出した。
ルークが本を開けると、そこにおよそ50人ほどの娘の名前があり、そのうち30人ほどの娘の名前には、赤いペンで線が引かれていた。
「髪飾りを受けとった娘と、これから受け取る娘達です。」
ルーナの名前から始まり、王宮のメイド、それから伯爵夫人、その娘、その従姉妹、そのメイド、その友達。ありとあらゆる娘達の名前があった。ガートルードの名前もあった。
「ここを。」
ルーナに指されて見た、これから受け取ると言う娘の名前に、ルークは目眩がするところだった。ルークの嫁いだ姉の名前だ。
「おおやけにするとなりますと、王女殿下をはじめ、多くの高貴な方々の問題となりうるかと。」
王宮の有力者の娘と言う娘達の名前が連なっている。これだけの家から怨みを買うのはまっぴらだし、ミツワの娘達皆から敵にされてはとんでもない。
「。。。くっそ。。」
黙認以外に身を守る方法はない。
それに、術式も複雑ではあるが効果はささやかなもので、令嬢が何人この髪飾りを纏っても、なんら警備に支障は出ない。乙女達の髪を真っ直ぐにするだけの非常に弱い魔術だ。
「おいレイチェル・ジーン」
ルークは高飛車に、ぞんざいにそうレイチェルの事を呼びつけると、言った。
「俺は今後すべてのお前の会合に同席する。それからこのデザインをなんとかしろ!大方終わったらオレの仕事の手伝いさせてやるからな。」




