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ルークに王から与えられた任務は、レイチェル・ジーンの監視と管理。
だというのに、レイチェルの顔も滅多に見せてもらっていない。
たまにレイチェルから面会が許されても、数々の令嬢を虜にしてきたこの美麗な男の笑顔も、甘い言葉も、贈り物も、レイチェルは興味を示さず、ソワソワ何かを考えている様子で、すぐに侍女に退席を促されるのだ。
ルークは困惑し、困り果てていた。
部屋でどう過ごしているのかとレイチェル付きの侍女に聞いてみたものの、女神へ祈りを捧げておられます、読書をされています、手芸をなされておられますとだけ。
食事は摂っているとの事だが、パンとスープだけ。
夜は遅くまで祈りを捧げているらしく、朝は遅いとの事。
レイチェルに贈った贈り物には、律儀な娘なのだろう、短いがきちんとした文で感謝の文が毎回届いたが、特に文にも、文字にも特徴はなく、地味で生真面目。一度手芸用品を届けた際にだけ、深い感謝の長めの手紙が届いた。
分かっているのはその位だ。
そして、不可解な事に、侍女達がレイチェルの事を、「聖女様」という呼び名で呼んでいるのは時々耳に入ってきた。
今日もレイチェルとの面会を断られて困って廊下でたたずんでいると、侍女達が聖女の話をしているのが耳に入った。
報告書を出さないといけないのだ。そろそろ面白い情報を入手しておかないと、職務怠慢を疑われてしまう。
「ねえ君たち、ジーン嬢の話をしているの?ちょっと詳しく私に聞かせてくれないかな。」
廊下で「聖女様」の話をしていた侍女を見つけて、とびきりの笑顔で魅了した。この男は侍女などと気軽に話をするような身分ではないし、完璧に美しい女達としか、戯れにも会話を交わしたりはしない。だが背に腹は変えられない。
雲の上の、憧れのルーク様に話しかけられて、娘達はもう有頂天だ。
(うーん、これが、通常の反応だよな)
ルークは少しほっとする。
若い娘に、レイチェルのような塩反応をされたのは、本当に、生まれて初めてなのだ。
キャーキャーと黄色い声を上げながら、色々とゲンナリするようなアピールしてくる侍女の話をなんとか納めながら聞くことができた話は、レイチェルは心優しいお方である事、女神の乙女にふさわしい方である事、レイチェルへのフォート・リーの扱いは女神のお心に沿っていない事。何一つ具体的ではない。
ルークはもう一押し、とばかりに最上級の笑顔をふり、聞いてみた。
「聖女と呼んでいるのはなぜなのかな、君たちはシーツを変える時くらいしか、ジーン嬢の所には行かないだろう?」
3人の侍女達は、お互いの顔を見て、それからクスクスと含み笑いをして、ルークに言った。
「レイチェル様は間違いなく聖女様ですよ。他に言えることはありませんわ。」
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今シーズン最後の夜会にルークは出席している。
今日は有力な高位貴族の子弟は全て参加の、大掛かりなものだ。王女も参加して、社交シーズンの大変華やかな閉幕である。
本日の主役、ガートルード第一王女はルークが憧れて止まない、高みのその極みにおいでのやんごとなき姫君だ。
その銀細工のような美貌、象牙の塔のような美しい肢体。一部の隙もない、完璧な姫君だ。
ルークが少年の日に初めて夜会でガートルードに出会った時、ルーク少年は冗談ではなく本当に口が一晩きかなくなってしまった。
常に完璧に美しく、完璧なドレスを纏い、一筋の隙もないいと高き所におわすガートルード殿下。少年の憧れの女神だ。
今日も麗しの姫は、セミの羽のような薄い美しいローブを重ね纏っている。女神さながらの美しい胸元に一つだけ飾る宝飾。
ずしりと重い黄金でできたペンダントの真ん中には、鳩の血の色のごとく妖しい大きなルビーが鎮座している。完璧だ。
今日もルークはこのやんごとなき貴婦人の完璧な美にうっとりと心を奪われていた。
はずなのに。
「王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。」
上下とも白い、大変優美な、宮廷騎士の正装の膝を折ってルークはガートルードに挨拶をした。今日はガートルードは大変珍しく、ミツワで流行りの、真っ直ぐの髪を腰までおろした髪をしている。薄いローブに踊る金の髪が、非常に清廉で、そしてどこか艶かしい。
だが。
(。。。なんで殿下ともあろうお方が、こんな野暮ったい髪飾りを。。。)
ガートルードの真っ直ぐな髪には、水色のリボンでできた、ちょっと野暮ったい、だが品質の良さそうな髪飾りがあった。ミツワで不可解なほどよく見る飾りだ。
(殿下まで。。一体あの髪飾りには何があるんだ?)
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ルークは酔っていた。
今晩の夜会では大勢の娘達と戯れた。どの娘達もうっとりルークを見つめ、甘い言葉を小鳥の様に囁く。
何人もの娘達から、秘密の誘いも受け、既婚のマダムから、夜の呼び出しのカードが届いた。この男は実に、フォート・リーの社交界の申し子なのだ。
それにしても今日は少し飲みすぎた。
(なぜレイチェル嬢はこういかない?)
だんだんイライラしてきた。
一月もの間、ルークは手を変え品を変え、レイチェルの心を傾けさせるべく様々な努力を払ってきたのだ。
どの令嬢を手に入れる為に払った努力よりも、だ。
腹立たしい事に、レイチェルはちっとも美しい娘ではない。地味な髪、地味な雀斑だらけの顔、妙なドレス。
せっかくレイチェルに用意している最高級の化粧品はちょっと使ってみただけで、すぐ飽きたとか。本気で使えばあの雀斑も薄くなる様な高級品だ。
送ったドレスはどれも流行のサロンの品だ。
箱すら開けていない様子だ。
(あの娘の婚約者は、リンデンバーグ魔法伯の、赤目の貴公子だというが。俺では不足とでも言いたいのか??)
せっかくの酒が不味くなってきた。
ルークにしなだれかかっている令嬢の肩を抱くと、こう聞いた。
「ねえ、君は男に贈り物を贈られて、箱も開けないでそのあたりに置いておいたり、する事ってある?中が宝石とか、ドレスとかでも。」
娘はクスクス笑う。
「ねえルーク、どうでもいい男からの贈り物なんて開ける価値もなくってよ。せめて花なら枯れてくれるのに、宝石なんて、どんな高価なものでも身に付けたくないわ。」
冷たく、忌々しそうに娘は言った。
(こ、こえええ。。)
女の子の本音に、少しぞっとするが続ける。
「面会断ることもあるの?どうでもいい男の場合」
ルークの面会を、誘いこそすれ断った娘などいなかったのだ。
娘はそれは嫌そうな顔をして言った。
「面会なんてもってのほかよ。相手の身分によってはお父様の顔をたてて、渋々お会いするけど、生返事ばっかりしてすぐ侍女に気分が優れないって言って追い返すわ。」
最近この手口でレイチェルの部屋を追い出されて所だ。
ルークは傍らの娘を置いて、すくっと立ち上がった。
(あの地味な娘!!俺を侮辱していたな!!)
怒りでギラギラ燃える瞳のまま、その足で真っ直ぐ夜会の会場を後にし、着崩していた上着のボタンすら留めずに、貴賓室に足を向かわせていた。




