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今日のお客様は、特別なお方ですと、ルーナは何度も言っていたっけ。
この国で最も高貴とされる女性が、こっそりレイチェルの軟禁部屋に訪ねてきたのだ。
美しい女性は二人の侍女を引き連れて、レイチェルの部屋のソファに腰掛けて言った。
「レイチェル・ジーン子爵令嬢。私はガートルード・ド・フォート・リー。この国第一王女、と言えば貴女にも分かるだろう。」
王女と名乗った大変美しい女性は美しい巻髪を高くゆい、宝石を付けたアストリア国の流行の髪型をしていた。
(なんて美しい方なのかしら。まるで月光の妖精のようなお方だわ。。)
たおやかな白い指も、冷たい夜の海のような瞳も、輝く金色の髪も、全てがこの女性が、特別な身分にある事を示していた。若く美しいが、何者も決して汚すことのできない高みにいるような、そんな高貴な空気を纏っていた。
レイチェルは久しぶりに腰を折ってスカートの裾をつまむ令嬢の挨拶をした。
レイチェルの軟禁部屋は、すでに子爵の館と同じく、王宮の寮と同じく、魔術研究所の研究室と同じく、工場のような有様で、この高貴なお方をお迎えして良いような状況ではない。私室の横にある、応接部屋での面会を求めたのだが、王女様とやらが勝手に私室の方にやってきたのだ。知ったこっちゃない。
「レイチェル・ジーンと申します。」
「面をあげてよろしい。気楽にしなさい。」
人の部屋に上がっておいて随分な態度だな、とレイチェルは思ってしまったが、王族とはそういう生き物なのだろう。そう言えばジーク殿下はどうされているのかしら。
「それで、あの、王女様のようなお方が私などに一体どのような御用でしょうか。。?」
ちらりと侍女の二人の顔を見た。右側に座っていた娘に見覚えがある。確かその赤毛によく合う、緑のベルベットと真珠のビーズでできた髪飾りを作ってやった娘だ。名前はグレタとか言ったか。
グレタは、レイチェルがやっと気がついたの見ると、を片目をつぶって悪戯っぽく微笑んでくれた。
(あ、デートが上手く行ったのね。よかった)
初デートに、真っ直ぐの髪で行きたいのだとかでレイチェルの所にきてくれた娘だ。グレタが王宮にきてからずっと思いを寄せていた黒騎士団の騎士らしく、黒いダイヤのような方だとか、さんざ惚気を聞かされたのだ。グレタがたくさん手紙を書いて、やっと初めてのデートだという。ライラがいたら、この手の話で三日三晩は盛り上がった事だろう。どの国も恋する乙女は同じだ。
「風に乗って、我が耳に囁かれた聖女の噂を頼りにやってきたのだ。」
王女は言った。
「。。。はあ、聖女様ですか。それで私とどういう関係が?」
話が見えない。そのはずだ。
ルーナの連れてくる娘達には、先にルーナが色々もったいぶって大袈裟にレイチェルの事を吹聴するものだから、レイチェルは「聖女」などと裏で呼ばれているのだ。もちろんレイチェルの預かり知らぬところであるので、聖女と言われてもなんの事だかさっぱりだ。
「囚われの身の神殿の乙女よ。その身のいと高き聖なる火山の麓におわす。穢れなき乙女よ。フォート・リーの娘達に、女神の喜びを分け与えていると聞きこの身を火山の麓に参じた。いと気高き女神が許すのであれば、我が身にも、女神の喜びを髪一筋分けてはくれぬか。」
高位貴族の話し方はよくわからない。時々やってくる若い男もこんなもったいなぶった話し方をしていたような。あいつは無視するとして、このお方は王女様だと言うし、どうしよう。
レイチェルが妙な顔をしていたのだろう。見かねたルーナがこっそり耳打ちをしてくれた。
(レイチェル様、要するに髪飾りを作って欲しいって事ですよ。)
ああ、そうか。やっとわかった。そう言えばいいのに。
レイチェルはにっこり微笑んで言った。
「喜んで!まずは髪を解いてくださいな。王女様には水色がよろしいですわね。」




