63
レイチェルがフォート・リーに拐われてより一月は経つだろうか。
「で、ジーン子爵令嬢の様子はどうだ。そろそろ協力は仰げそうか?」
ルークとオーギュストの父子の館での朝食だ。
二人とも新王の宰相とその息子として、忙しい政務の重要な任務についている。こうして揃って朝食をとることができる事も稀だ。
品よくナプキンで口元を拭くと、美貌の青年は真っ直ぐに父を見て、やや大袈裟にため息をつくと言った。
「いえ、なかなか頑固で、私はまだ口もきいてもらっていません。初日にご機嫌を損ねたのが相当まずかったのかと。」
宰相は、口髭を触って、さも意外そうな顔をした。
「お前の美貌をもってであれば、神殿の乙女でも誰でも女であれば、いう事を聞かせるなど容易だろうに、あの娘は随分と高潔な娘だな。」
父をもってそう言わしめるほど、この青年は美麗であった。
フォート・リーの白薔薇、太陽の騎士。この青年を形容する言葉は様々で、今回レイチェル・ジーン嬢の世話の担当を任命されたのも、その女性の心を掌握する手腕と美貌を買われての事である。
「そうですね。贅沢な宝石やドレスなどの贈り物も見向きもせず、この一月間、彼女からの要求といえば針と糸などの手芸用具くらいです。侍女達によると、食事もほとんどパンとスープだけだと。そして、」
ルークは声を落として、光を湛えた瞳で父を見据えて、言った。
「王宮の侍女達にはすでに、聖女様と呼ばれ初めている様子です。」
オーギュストは初めて宰相らしい興味を息子にむけた。
途中まで食べていたハムを乱暴にテーブルの向こうにやると、美しい息子を見据えた。
「詳しくその話を聞かせろ。話によっては案件だ。」
//////////////////////
(うふふふふ。。。ここの宰相様ってなんて太っ腹なのかしら!糸も針も最高級品をくださるなんて!しかもこの布は全部絹よね絹!こんな縫い甲斐のある布は初めてだわ!)
大変失礼なフォート・リーからの手荒い歓迎より一月がたったようだ。
当初はさすがに不安ではあったが、どうやら害される為に召喚された様子でもないらしい。
どれほどあの過保護なゾイドが心配しているだろう、お父様に知られては、少なくなってしまった毛髪がまた寂しくなってしまうわ。など殊勝な事を考えていたのはあまり長くない時間だった。
レイチェルの誘拐後、丁重に客人として扱うというルークは約束を違わなかった。
レイチェルには専属の侍女がかしずき、王宮内に与えられた部屋は、ジーク殿下の客室に勝るとも劣らない豪奢なものだった。図書館も、護衛さえつけたら行き放題だという。ただ、外出と社交は認められなかった。
この点についても、基本アストリア国での扱いと多少変わりないので、ほぼ文句はない。そもそもレイチェルは引きこもりだ。社交など、子爵の館にいた頃からしていない。
レイチェルが部屋に軟禁(とフォート・リーは考えているが、レイチェルは通常運転だ)されて、すぐ。
レイチェルは世話役の侍女とすっかり仲良くなっていた。
誘拐犯には腹が立つが、侍女に罪はない。
王宮の侍女が務まるような娘だ。貴族の娘なのだろうが、他国から誘拐されてきた神殿の乙女に大変同情的で、とても親切な娘だった。
さすがに泣いて過ごしたフォート・リーでの初めての夜、ずっと横にいてくれて、温かいココアを作って、そして歌を歌ってくれた。とても優しい娘だ。
それはどうと言う事のない朝の会話での事だった。
「レイチェル様は生まれつき真っ直ぐな髪ですのね、この国では真っ直ぐな髪が一番美しいとされているので、皆朝は時間をかけて髪にコテを当てて真っ直ぐにするのですよ。」
レイチェルの侍女はルーナと言った。ルーナはレイチェルの髪を整えながら、その真っ直ぐさを褒めてくれたのだ。お茶会の時や、休みの日はルーナはレイチェルよりも余程美しい豪華な金のカールの強い髪をわざわざ真っ直ぐにして外出するという。
アストリア国では巻いた髪を高く結い上げて宝石を飾るのが娘達の流行りだ。
国が変われば装いも変わるものだ。
「あらルーナ、あなたはそんな髪の傷む事をしているの??ねえ、ちょっとそのヘッドドレス貸して。それから、針と糸も貸して欲しいの。」
ルーナは何をレイチェルが始めるのやら不思議に思いながらも、レイチェルの気が紛れるならと、メイドが使う一般的な裁縫セットをすぐに用意してくれた。
ちょいちょいちょい、とレイチェルは何かをヘッドドレスに縫い込むと、ルーナを鏡の前に座らせた。
「ルーナ、ちょっと髪を解いてみて頂戴。」
ニコニコと笑うレイチェルは何か可愛い企みでもあるのだろう。
ルーナはせっかくきっちりまとめた髪を解いて、豪華なカールをレイチェルに見せる。
(このお嬢様が笑ってくださるなら、大抵の事には付き合ってさしあげるわ。)
ルーナはこの小さな地味な娘を誘拐し、軟禁(本人はそうとは思っていないにしても、だ)するなど、例え女神の為と言えども決して許される事ではないと、大変心を痛めていたのだ。
レイチェル専属の侍女を命じられた時、この心優しい娘は、きっと深く傷ついているであろう、アストリア国の神殿の乙女の心に、必ず寄り添って差し上げようと固く心に誓っていたのだ。
「どうですか、レイチェル様。さあ、何をお企みかルーナに教えてくださいませ。」
レイチェルはニコニコ笑いながらヘッドドレスをルーナにつけた。
ルーナは何が起こったか信じられなかった。
美しい豪華なカールは、一つ残らず肩に落ち、ルーナが午前いっぱいをコテ当てに費やして作ったような美しい金の滝のような真っ直ぐな髪になっていたのだ。。
////////////////
レイチェルが針と糸、それから布やビースなどの手芸用品を宰相に求めたのはその後すぐの事である。
ルーナの侍女仲間達が一人、また一人とこっそりとレイチェルを訪ねては、レイチェルに同じヘッドドレスをお願いにやってくるようになったのだ。
お休みの日に使えるように、メイドのヘッドドレスではなく、お洒落な髪飾りに術式を施してあげたいと、レイチェルはちょっといい布やらビーズやらをくださるように宰相にお願いしてね、とルーナに依頼したのだ。ルーナは当然、任せてくださいと大張り切りで頼まれてくれた。
すぐに貴族の令嬢が使う大変美麗な、最高級品の手芸の品々が部屋に届けられた。
レイチェルは部屋をこっそり訪ねてくる娘達一人一人の髪質や髪色に合わせて、ビースや刺繍の施された、可愛い、そして髪が真っ直ぐに滝のように肩に落ちるよう、複雑な術式の施された髪飾りを作ってやっていた。
その後ひと月、レイチェルはもらった手芸用品が嬉しすぎて、そして大勢の娘達が夜な夜なこっそりレイチェルの術式を施した手芸品を求めて、会いに来てくれるのが嬉しくて嬉しくて寝食も忘れて手芸をしていたのだ。
さすがに何も食べない訳には行かないので、片手で食べられるパンと、一気飲みできるスープだけはルーナが無理やり食べさせていたが、レイチェル的には正直最高の生活だと思う。
何だか若い男が手芸の最中ちょくちょく応接部屋をおとずれゴチャゴチャ愛がどうの美しいだの月がー花がーどうのと言っていたが、よく覚えていない。
服だの宝石だの寄越してきた様子だが、開けてる場合ではない。
針の最高級品ってこうも運針が捗るのか、自分の術式を施した手芸の品が、こんなに喜んでもらえるのか。
どうやら軟禁扱いらしいレイチェルは、大変充実した日々をフォート・リーで過ごしていたのだ。




