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女神に祈りが通じたのであろう、収穫祭の週は素晴らしい晴天に恵まれた。
木々は赤く、黄色く萌づき、リス達は冬支度に忙しい。
楽団が高らかにトランペットを吹き、王と王妃の王宮のバルコニーから手を振りを合図に収穫の祭りは始まった。
祭りにはいろんな国から商人がやってきて、あれやこれやと行商にきて、市場は大変な活気をみせる。
外国に行っている者もこの祭りの時期に家族にあいに国に戻るし、田舎に実家があるものは、王都の土産を持って田舎の家族の元に帰るのだ。
夜になるとあちこちに灯りが灯り、晴れ着を着て、仮面をつけた男や女が、愛を探しに街に繰り出す。
この祭りが終わると、アストリア王国も本格的に冬支度が始まる。
(流石にお祭りもいけないなんて沈むわ。。。)
こんな日に塔に籠っているのは、レイチェルと、研究室のご老体魔術師ばかりだ。ご老体達もさっさと酒盛りを始めてしまったので、実際に塔で仕事をしているのはレイチェル位だ。
ジジも東の行商が持ってくる干した葡萄を使った焼き菓子を求めに、今日はさっさと早退したし、麗しのゾイド様は数日前から王都の警備に駆り出されている。もう幾つかの侵入者が使った侵入経路とおもわしき陣が発見されている事もあり、王宮の警備は相当の厳戒態勢にある。
一人で静かに手元の針を進める。
今日は久しぶりに誰からの依頼もないので、ゆっくり新居となった自宅の為の手芸をしているのだ。
ルイスが手配したレイチェルの新居となった家政婦寮は、小さな農家の家を改築したものらしく、とても可愛らしい上に、必要なものはなんでも揃っていた。
レイチェル一人で生きてゆくにはほぼ理想的だったが、厄介なのは、警備と称して入り口に門番がおり、どこに行くにも報告と承認が必要となるので、その手間を考えるだけで、レイチェルはもう、じっと家にいてしまいたくなるのだ。
幸い、小さい庭もあり、井戸も台所もあるので、家から一歩も出ないでも生きていける。レイチェルは文句はないのだが、流石にお祭りくらいは覗きたかった。
一人で静かに針を進める。
針の運針の音だけが、この静まりかえった塔の中で時を刻む。
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どれくらい立っただろうか。
ドアをノックする音が聞こえた。
「ご機嫌はいかがですか?レイチェル」
相変わらずレイチェルの返事を待たずにギギギ、と重いドアが開く。
ヒョイと麗しい笑顔をみせたのは、市内の見回りに行ったはずの、美しい己の婚約者だ。
「ゾイド様!」
レイチェルは思わず駆け出してしまった。
嬉しい。嬉しい。嬉しい!
「お会いしたかったですわ!お祭りは今年はどんな感じですの?」
ゾイドはクシャクシャと、レイチェルの頭を子供のようになでると言った。
「今年は例年になく行商が多いですね。面白い品をあれやこれやと持ってきていました。今年目新しかったのは、手のひらの上でグルグル歩く、インコの玩具が子供に人気でした。」
ゾイドはとろけるような甘い瞳をレイチェルにむけた。
しっかりとレイチェルの両の手を包み込むと、手の甲にキスをした。
「。。レイチェル、私に会えて嬉しいですか。。?」
「もちろんですわ!今日ご一緒にお祭りにいけなかったの、残念です。あ、ゾイド様でもお仕事はよろしいんですの?収穫祭が終わるまでは厳戒態勢の警備だって、ルイス様が。」
「。。研究室に書類を取りに戻っただけで、実はすぐに持ち場に戻らなくてはいけません。でも少しでも貴女の可愛らしい顔が見たくて。」
(こ、このお方はそういう事を本当ーーにさらっとおっしゃるから、一緒にいると心臓が持たないわ。。だめよレイチェル、ゾイド様のお言葉を全部まに受けてしまっては後が大変よ!!)
レイチェルが赤い顔をして口をパクパクしているのをほほえましげに見ていたゾイドは、思い出したようにポケットの中を探った。
「そうそう、孤児院の院長から手紙を預かってきています。院長からは、ジョンの晴れ着はぴったりだった、との言付けを預かってきましたよ。」
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孤児院は街道から王宮に入る門のすぐ近くにある。
微小ながらも妙な魔力が街道の門近くに感じられると、今日門近くの警備を担当していた上級魔術士から報告があったのだ。
すぐにゾイドが魔力の派生先を探ると、可愛らしい20人ほどの子供達が、お揃いの緑色の収穫祭の晴れ着を着ていた孤児院の庭に当たった。
この妙な魔力は子供達の晴れ着からだった。
走り回る子供達を集めて一人一人よく見てみると、皆ポケットやベルトの所に術式がやんわりと、目立たぬ緑の糸で縫い取られていた。
どの術式も、祈り。子供の成長を祈り、悪霊を寄せ付けぬように、というささやかな、しかし強い術式だ。子供の名前が術式の中で一つ一つに縫い取られている、貴族の子弟が神殿に奉納する祝詞と同じ質の高さだ。
ゾイドは笑いそうになってしまった。
(レイチェルの仕業だ。)
ゾイドは、昨日のルイスとローランドの会話を思い出していた。
ここが例の孤児院なのだろう。
思わぬ貴人の訪れに驚いた院長は、子供達をこれから神殿に連れて行き、女神の祝福を願う事と、この晴れ着は、さる御令嬢が毎年寄付している物であることを告げた。
「。。レイチェル・ジーン子爵令嬢から、ですね。」
「驚きましたね、ジーン子爵令嬢はなかなか屋敷からお出にならないので、お名前をご存知の方も珍しいのですよ。なかなか手先の器用な方で、よく細かい物を作っては子供達にくださるのですよ。」
院長が指差した先には子供達の寮に使われている建物があった。
建物全体に、暖かい魔力が渦巻いているのが感じられる。
大方子供に与えた小物にも、同じように祈りの術式を展開しているのだろうが、どうやらこの院長は何も知らないらしい。ただレイチェルの気持ちをありがたがっている様子だ。
ゾイドは、雀斑のレイチェルの顔を思い出しながら、あれこれと施設の話をする院長の話を聴きながら思った。
(私は、、人生の中で、見知らぬ子供の為に女神に祈ったことはあるだろうか?)
なぜあんな高等魔術を、惜しげもなく親のない子に与えてやれるのだろう?
子供は与えられた事を知りもしないのに。
(。。私の人生には、自分の為に見えないところで、女神に祈りを捧げてくれた人は、いただろうか?)
人の良さそうな院長は、ゾイドがレイチェルと知り合いだと知ると、書き付けを手渡して、ジョンの服はちょうどよかったと伝えて欲しい、と言った。
ジョンと呼ばれた子は、院長に手招きされて素直にやってきた。
つい先日、この子の両親は女神の元に召され、この院の子供となったという。子供の服からは、意外なことにジジの魔力が感じられた。
ジジが手伝ったのだろう、強い加護の術式がポケットに感じた。
ゾイドは院長に挨拶をした後、どうしてもレイチェルに会いたくなって、馬を急がせたのだ。




