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(サロンに行ってドレスを仕立てて宝石屋に行って、その後に流行りのカフェ、という所かな。それから観劇とすると二階席の手配が要るかな。。?)
ゾイドが馬車を止めた場所は、高級サロンや宝石店がひしめく一角だ。
他の女達は大抵この通りに連れて行くと、満足してあれやこれや欲しいものを強請ってくれたものだ。
レイチェルは何を欲しがってくれるのか。
少しの期待をもってこの通りにレイチェルを連れてきたのだが、レイチェルはスタスタと小径に入っていくと、高級サロン街のウインドウには全く目もくれずに、露店の並ぶ広場に足を進めた。
そして小さな店に入っては、スプーン4本や角砂糖一袋、リボン一巻きに途中の屋台で見つけた子熊の置物、こまこまとして物を買い求めて、満足そうにしていたのだ。
「。。レイチェル、サロンや宝飾店はいいのですか?何か私にねだってくれると嬉しいのですが。。」
今日は一切口は出さないつもりだったが、道端で茄子を手に取り出したレイチェルを見て、たまりかねて言ってしまう。欲しがるものは全て買ってやるつもりだったのに、茄子。。
今日はこの困った男は、レイチェルと恋人同士の様な一日を送りたかったのだ。
色々贅沢な品を恋人に与えて、女を満足させてやるのが上級貴族の男達の作法だ。レイチェルは何も欲しがらないので、どうやってこの娘を恋人として満足させたら良いか戸惑い、不安になる。
「あら、ゾイド様、嬉しいです!ではあれを買って下さいませ!」
指を指した先には、メリルの鉢植えがあった。
「。。あなたが望むなら、メリルの丘を求めて貴女に贈りましょう。どうか、何か私に求めてください。」
裏の含みのある会話のする娘では絶対にないのではあるが、ゾイドは言外の意味を読み取ろうと、癖で頭を巡らせてしまう。メリルの丘は高級住宅地の一角にある、風光明美な丘だ。
「あら!あの丘は皆のものですわ。私は鉢植えがあれば十分ですのよ。」
何を馬鹿な事を言っているのかしらと言った具合で、カラカラと笑ってゾイドを促す。そういえばレイチェルの実家のメリルの花の庭も、鉢植えから30年かけて大きくしたとかいう話を子爵から聞いた様な気がする。
ゾイドが店先に並べて置いてある小さなメリルの鉢植えをレイチェルに贈ると、それはそれは可愛い笑顔でありがとう、と言ってまたスタスタ今度は屋台で妙な食べ物を買ってきて、ゾイドにお礼だと言って渡した。
何の肉か良くわからない肉の串焼きだったが、旨かった。
その後も、大道芸の火を吹く男に思わず氷の魔術を浴びせてしまったり、レイチェルが欲しがるから買ってみた南国の果物の食べ方がさっぱりわからなくてレイチェルに大笑いされたり、道端でチェスで賭けをしている男達を負かして、酒を奢ってもらってレイチェルに呆れられたり。
いつも完璧な貴公子であるゾイドは、まるで今日は驚くほど駄目男で、レイチェルは一日中、そんなゾイドの横で屈託なく笑っていてくれた。
鍋だの糸だの、揚げ菓子だの、レイチェルの購入したガラクタでいっぱいになった手提げの荷物を下男の様に持ってやり、ゾイドは心から幸せだった。




