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大変ご機嫌のゾイドと、げっそり疲れたレイチェルは馬車を降りた。
どうやら城下町に出たらしい。露天は大変な賑わいを見せていて、大道芸人までいるらしい。あちらこちらで栗を焼いている香りが鼻腔をくすぐる。石畳にカサカサと色づいた葉が舞う、良い秋日和だ。
収穫祭が近いのだ。
ゾイドは御者に何か伝えると、馬車は二人を残して去っていった。ここから歩くらしい。
「ゾイド様、本当に、どこに行くのですか?」
レイチェルはスタスタと先を歩くゾイドのローブを引っ張って、本日何度目か知らないこの質問をまた投げかける。
歩みを止めたゾイドは、振り返らずこう言った。
「。。あなたと出掛けた事がない」
ぼそっとゾイドは続けた。
そしてくるりと背を翻すと、今度はゾイドはしっかりとレイチェルの両手を掴んで、真摯な瞳でじっとレイチェルを見つめて言った。
「あなたが何をすれば喜ぶのか、何を見たら感動するのか、私はあなたの事全てが知りたいのです。レイチェル。今日は一日、私に付き合っていただけませんか。」
確かに、レイチェルもゾイドの個人的な事は何も知らない。
何やら思い詰めているらしいゾイドとは違って、レイチェルは実に軽い。
「ええ!もちろんですけれど、ゾイド様今からどこに行くのですか?」
「私はあなたの付き添いがしたいのです。レイチェル、あなたがいつも街で過ごしている様に、過ごしてくれませんか。あなたの目に映る世界を、私は見たいのです。」
天幕でのレイチェルの術式は、ゾイドの魔術師としての考え方を根底から覆す衝撃的な物であった。
ゾイドは己の実力は謙遜もなく、過信もなく、極めて客観的にこの国最高の魔術士であると自負している。
実際その通りなのだ。
だが、ゾイドでは決してあのレイチェルが展開した術式は、思いも考えもつかなかった。おそらく未来永劫レイチェルの様な展開は作る事はできないだろう。
その上極々真剣な面持ちで、術式に紛らせて可愛いからという理由だけでお花のアップリケ、しかも香り付きを縫いとるときた物だ。さっぱり訳がわからない。
だが成功したのだ。これ以上ないほど見事な結果をたたきだした。
レイチェルが見ている世界が見てみたい。
魔術士として、そして一人の男としてのゾイドの願いだ。
その瞳に映る街は、世界は、自分の見てきた全てとどう違うのか、そしてそれはきっとレイチェルの魔術の様に、優しくて、暖かい物なのではないか。
そうゾイドは思った。
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レイチェルは残念令嬢であるので、このいと高き身分の美貌の婚約者様であっても、あまり貴族的な気の使い方がわからない。本来ならば言葉の裏を取り、状況を分析し、お互いの立場を計算し、最も利になる返事を与えるのであろう。
レイチェルは気の回し方がわからない上、言われた事は素直に受け取るので、この高貴な貴公子が城下町散歩のお付き合いをしてくれるという申し出を、実に実に、素直に受け取った。
引っ越したばかりで色々揃えたいものがあるのだ!外出許可もずっと出ていなかったので、ゾイドが職権濫用でもぎ取ってきたらしい許可証がとても嬉しい。
荷物ももってくれるかしら。!助かっちゃうわ。
「ああ!そういう事でしたら助かります。ではまず。。」




