52
侵入者の事件報告は、ジジから。
侵入者は3人、捕らえたのは2人。逃した一人は聖地の国境から脱出したとの事。
予想通りバルト絡みのクーデター未遂だ。
表沙汰になれば、国内外で大混乱となるだろう。
身重の王妃の出産前に事を興す予定だったのだろう。
侵入経路は昨日ローランドと確認した通り。
脱出経路もゾイドが確認してきた。
ゾイドは今朝早くに聖地から帰ってきてすぐらしく、まだ旅装束のままだ。美しい銀の髪からは、冷たい外の匂いがした。
かなり有能な魔術士が今回の騒動の後ろに居るらしい。
侵入経路に張られた陣も、脱出に使われた陣も、アストリア国に敷かれた防護結界に反応しない様にしっかりと対策がなされて、大変扱いが難しい古代の複合術式を組み合わせていた。
不機嫌さを隠さずにジークは美しい空色の瞳をゾイドに向けた。
「国防の見直しが必要だな。ゾイド、このクラスの魔術士の国境からの侵入を防ぐには、何が必要だ。」
「国家資格のある魔術士の中でも、水属性の者を二千人と言ったところでしょうか。それでも十分とは言えないかと。」
ゾイドはその姿勢も、人外の美貌の顔の表情も一切崩さずにそう答えた。
ちなみに国家資格持ちの魔術士はアストリア国で千五百人ほど、水属性持ちは二百ほど、言外に無理だと言っているのだ。
ルイスが軍の人数と配置場所、フォート・リーに放った間者からの報告を行う。
フォート・リーは近年、魔術士を率いる軍の部署が確立されたが、どうやらこの数年の飛躍的なフォートリーの魔術の進展に、バルトが関わっているらしい。
バルトは元はアストリア国の第一皇子である。その魔術の知識、魔力の総量はゾイドにすら匹敵するという。
(結局魔力は私の方が多かったので、事なきを得ましたがね。と直接バルトと一対一で戦ったと言うゾイドは涼しい顔をしてそう後で教えてくれた。サージの称号はその時の褒賞だとか。)
レイチェルの報告の番がやってきた。
大体の経緯は神官長がまとめてくれているので、レイチェルは口頭での確認だけで良いと、ローランドが言っていた。
会議の前に、少しで良いからゾイドと話したかったのだが、仕方がない。
「。。。ですので、彫ったり火をかけたりで作られたのではなく、空気中のススで陣を組んでいたのが分かりましたので、とりあえず洗いました。」
先ほどまでの不機嫌はまだ引きずっているものの、明らかに興味津津と言った、なぜか半笑いの面持ちのジークを前に、ゆっくりと事のあらましを話だす。
レイチェルは難しい言葉が苦手なのだが、一生懸命知っている言葉で説明する。
「えっと、魔力が溢れててもったいなかったので、陣を縫って封じ込めではなくて、最初の陣を改造して再利用したんですけど、女神のご機嫌を損なってはいけませんので、まず女神の美しさを讃える祝辞をぬい巡らせて、それから」
男たちは、え??と言う顔でお互いを見た。
魔術的には全く不必要な手間だったからだ。
ジジは一人ふんふんと納得して言う。
「わっかるわー!人の家にズカズカ入ってきて、挨拶もそこそこに勝手に陣なんか張られたら、私だったら怒っちゃう!それであのお花の縫い取り?可愛いとは思ったけど、ひょっとしてただ可愛いから縫い取りした??」
「あ、ジジ流石!魔力の処理も大事だけど、陣ばっかりで可愛いくなかったから、メリルの縫い取りしたのよ!縫い取りの裏にちょっとだけ香りがするようにしたのだけれど、この調整が本当に難しくて。」
香りって本当に難しいよー、とジジと手を合わせてキャッキャレイチェルは喜んでしまっているが、男達はポカンとしたままだ。
「。。ですので張られたら魔力は永遠にぐるぐる回って、魔力が尽きるまで女神の美しさを讃える縫い取りを走って、そこから渦を起こす水の術式を二重に組んで、で火の術式を中和しながら天幕を浄化続ける仕組みにしました。天幕はちょっと蒸し蒸しすると思いますが、女神様はお喜びかと。。」
レイチェルは男達の反応が固まっているので、またやらかしてしまったかと最後の方は声が小さくなってしまった。よく子爵の館でやらかして、お父様に叱られたっけ。。
「。。。いや、見事だったレイチェル嬢。ただあんな鬼気迫る状況で、可愛いから縫い取り。。と言う考えが少し驚きで、」
ジークはいつもの余裕ある態度ではなく、珍しく、何を耳にしたのか直ぐに理解できずにしどろもどろに答えた。どうも焦っている様子だ。
レイチェルの施した縫い取りは、魔術的には間違いなく国家最高の複雑な術式だ。少しでも扱いを間違えたら大事になりかねなかったのだが、レイチェルは上手に魔力を導き働かせて、あまつには、全く魔術的には無意味な可愛い縫い取りをしてしまうのだ。しかも香りつき。これは余裕の現れ?それとも魔術を舐めているのか?いや、違う。
「そうよ、殿下、女心ですよ。女神もレイチェルも若き乙女。私達女の子にとっては、可愛い縫い取りの有無は、複雑な術式と同じくらいに重要な事項かと。」
ジジは遠い目をする。ジジも乙女なのだ。
(((女心か。。!)))
男たちは戦慄した。
魔術を展開する際に、女心など、人生で一度も考えた事は無い。衝撃的な考えだった。
魔術の世界の大半はほとんどが男達で占められている。
高い魔術を誇る娘達もいるが、ほとんどは神殿行きとなり、学術的に魔術を研究する若い娘は、非常にまれだ。
女神は愛情深いが、苛烈でもある。
バルトが怒りを受けた様に、様々な女神の怒りがある。侵入者が直接天幕に触れなかったのも女神の怒りを恐れての事だ。レイチェルの術式がこうも上手く作用したのは、おそらく、間違いなく、女神の祝福だ。
女神は、お喜びなのだ。
ジークは心底驚き、王子らしからぬ顔をしていたと思う。女心の恐ろしさは知っていたつもりだし、女達は上手くあしらってきたつもりだ。
女神への祈祷も間違いなく、卒なく教科書通りにこなしてきた。
だがここに来て今、そう言う事じゃ無いんだよ!と女神に強烈にビンタで殴られた気分である。
側に控える女心をもてあそんで来た覚えのある貴公子達は、皆どこかバツが悪そうだ。
ジークは一旦息を吸い込んでなんとか心を落ち着かせると、こういった。
「レイチェル嬢、報告ご苦労であった。褒美をやろう。なにを望む?」




