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「それで、天幕の方の解呪は一旦落ち着きました。容疑者の取り締まりですが、ジジが担当しています。かなり強い縛りのある呪文が容疑者にかけられていますが、今の所推測通りの供述をしています。全貌が明らかとなるのも時間の問題かと。」
「ジジが担当したとは容疑者もついてないな。あいつは可愛いナリをしてエゲツないポーション作るからな」
ジジの通り名は「子悪魔」。
聞こえは可愛いが、実際にジジの仕事ぶりを目の当たりにしたら王国の研究員全てが納得するという。
加虐趣味とかそういう次元ではないらしい。
今日ゾイドは魔道院担当の案件の進捗の報告にジークの執務室を訪れている。
二人の貴公子はいつもの様に、午後の柔らかい光に包まれた美しい執務室で物騒な議題に話題を伸ばしているが、人外の美貌のゾイドと、神人の血を引く麗しい第二王子が横に並んでいる姿は、今日の執務室の担当に当たった年嵩のメイドに「寿命が伸びた」と言わしめる程の美しさである。
あろう事か女神の神殿の天幕に直接外部から術式がかけられるという国家の危機から数日、術式は無事解呪されアストリア国は表面上は平和そのものだ。
「レイチェル嬢はその後どうだ」
「魔力酔いの状態で三日三晩通しで解呪していましたので、今は泥のように眠っています。」
「いきなり天幕を洗濯はじめたかと思ったら、鬼気迫る勢いで天幕全部に刺繍とアップリケだからな。さすがに気でも狂ったかと思ったが、よく働いてくれた。目覚めたら呼んでくれ。褒美を遣わせたい。お前もよく耐えてくれた。」
さすがのジークも、今回は心の底からレイチェルに感謝をしている。
一人の女神信奉者として、またこの国の国防を担う軍の責任者として、そして王族の一人として。
天幕に張られた強い魔力を開放した際に、魔力が直接浴びせかかったレイチェルは、すっかり魔力に当てられて魔力酔いの高揚状態の、夢遊病のような状態で天幕の解呪に取り組んでいたのだ。
手芸どころか針一つ触った事のない男達は、あの夜レイチェルが何を一体しているのか皆目検討もつかなかった。糸を変え、針を変え、模様を重ね、そうかと思えば柄を縫い出し、気がつけば天幕の天井は、最初に張られた強力な火の複合術式を破壊する事なく、あれやこれやと改造に改造を重ねて、ついにはほぼ無力化するまでに至った。
流石にレイチェルの力では完全に無力化することはできず、天幕の中は今、やたらと暑く、聖水の湿気で霧のようにただようとの事。神殿の乙女達には、確かに暑くなったが、今の天幕での任務のあとは肌の調子がよいと、大変好評だという。
「私もレイチェルが第二層くらいまでを無力化して、発動さえしないようにしてくれたらと願っていたのですが、まさか直接洗って、直接縫って無力化するとは、我々のような魔力ばかり高くて無能な魔術師には絶対に思いつかないですね。」
淡々と言葉を繋ぐが、レイチェルの事を語る時、その赤い瞳がとても優しい光を帯びるようになった事を、ジークは少しうらやましく見ていた。
(変わったな。。。)
カケスの鳴き声が響く。
王都の森は冬支度がはじまっているのだろう。
風に冷たさが増してきたが、まだ日差しは強い。
あともう少ししたら、収穫祭だ。
年を跨ぐ前に、なんとしてもこの火種は消しておく。
ジークは報告書の最後のページに、魔力を施した署名を入れた。
しばらくして、執務室のドアがせわしなくノックされた。
レイチェルの世話につけていたメイドの一人の顔だ。
メイドはスッと淑女の礼をとると、慌ただしく早口でこう言った。
「ジーク殿下、ゾイド様。レイチェル様がお目覚めになりました。」




