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部屋を退出したレイチェルを目で追ったジジが控えていたので、後は任せておればいい。
ゾイドは机に戻ると、つっぷしてしまった。
(しまったな。。)
ゾイドは王宮では知らぬものはいない高貴な男だ。
その美貌、才能、地位、財産。正直ゾイドが望めば、王女殿下その人であっても手に入れる自信はあった。
だというのに。
戯れた女の数も数知れない。賢い女、可愛い女、美しい女、身分の高い女、才気に溢れた女。
どんな女もひとたび言葉を交わせば、中身は似たようなもの。男と女の事は、退屈しのぎにもならない。そう思っていた。なのに。
なぜレイチェルは己にとってそんなにも特別なのか。
実際面白い娘だし、可憐な、心優しい娘だと思う。
地味な、目立たない子爵の次女。魔力の無い(全く無いとは究極に驚いたが) 娘だ。
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研究室の机の上には、昨日レイチェルが解析して再現したフォート・リーの間諜の残した術式があった。
大変複雑な術式でゾイドも、研究室も解析に手を焼いていた。
「術式の気持ちになればいいんですのよ。ここにどんな力がはいったら心地良いか、バランス良くなるか、そう言う事を考えるんです」
昨日レイチェルが種明かしをした解析の方法は、聞いた事も無い様なものだった。
「これは四層で出来たら術式でしょう、表層は春、二層目は夏、そして秋、冬です。二層目だけ術式の言語を変えているので、丁寧に一層づつ解かないと、二層目の夏で発火します。」
まあ簡単な話です、そう無邪気に笑っていた。
魔力の無いということにも心底驚いたが、音楽の楽譜を解く様に術式を解いてゆくその心のあり方にも、驚きだった。
一般的に魔力を持つ魔術士は、術式に自らの魔力を流し込んで反応を確かめて解析をする。魔力は水の様に術式に流れ込む。レイチェルはちがう。彼女にとって魔術はもっと軽やかで、音楽の様に奏でるものなのだ。
ゾイドは今までに高名な魔道士や、賢者と呼ばれる類の学者にも会ってきた。が、だれもレイチェルの様に自身の魔法観を揺るがすような人物はいなかった。
だというのに、私室に通して放っておいたレイチェルときたら、ゾイドの散らかった部屋を整えて、汚れた食器を洗っていたり、文句もいわずに大変可愛いらしく待つ、普通の可憐な女の子なのだ。
有り体に言って、ゾイドはレイチェルという存在全てに、すっかりやられてしまったのだ。
(婚約してからこんな気持ちになるというのは不思議なものだ。。)
ゾイドの目には穏やかな光と、絶対逃がさないと決めた、底光りする光が宿る。




