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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
ほどける気持ち

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ゾイドは魔道院の奥の己の研究部屋で、しばらく手をつけていなかった術式解読の研究をすすめていた。

フォート・リー国からの間者を鉱山で捕らえた際に、間者が展開しようとしていた術式だ。


最近の技術ではない方法で魔術発動させようとして、国の警戒網に引っかかり難くし、発見を遅らせる。

なかなか込み入ったやり方をしてくる。


今回の案件は古代魔術の技術を利用している可能性が高いとのことでゾイドの研究室にまわされてきた。

今回は発動前に捕らえたが、発動していたら大きな岩盤事故に繋がっていたのだ。


足の踏み場もない書類と本の山の中、この術式の解読にもう大分手こずっている。他の研究員に任せていたのだが、第一層の解読が成功したところでトラップが発動し、術式の一部が失われてのだ。解読に当たっていた研究員は怪我を負った。しばらくは自宅で療養させている。


ゾイドはこめかみにペンを当てて、しばらく思考の海にたゆたっていた。


ふと、レイチェルの顔が浮かんだ。


あの風変わりで、真っ直ぐ人を見る娘。

面白い娘だと興味を惹かれていたが、今はすっかり、裏も表もないおおらかなレイチェルに心が傾いている。


机の上には、レイチェルからもらったハンカチがある。


四隅に小さな白い刺繍が施してあり、畳み方によってハンカチが少しひんやりしたり、暖かくなったりする術式が組んである。赤い目は、通常の瞳より疲れやすいという話を少しした事を覚えていてくれて、ある日のお茶会で貰ったしなものだ。


「ゾイド様、こうやって畳んで目の上に乗せて下さいませ。」


ひょいひょいと畳んで、何の抵抗もなくゾイドの目の上に柔らかいハンカチを乗せたレイチェルの顔を思い出す。


彼女の心の前にいるのは、人外と称される美貌の男でも、魔法伯家の長男でもなく、一人の目の疲れやすい人。


「裏っかえして畳むとほら、あったかくなる様に組んでます。」


一生懸命使い方を説明するその可愛い唇に、思わず良からぬ事を考えてしまっていた。


もちろん令嬢からハンカチをもらったのは初めてではない。

美しい刺繍の施されたハンカチはゾイドも嫌いではない。

だが、一枚のハンカチでこんなに心が揺さぶられたのははじめてだ。


展開されている魔術自体はシンプルなもの、4つに折って始めて発動するのは非常に頭の良い展開でワクワクする。実用品として装飾性はない筈だが、高い刺繍技術と洗練された術式のデザインはそれだけで、大変美しい。


ハンカチを送ってくる令嬢達はそれぞれ刺繍に託してメッセージを送ってくる。


つたに絡んだデザインは、「あなたに絡めとられたい」、馬の蹄鉄であれば「追いかけてきて」、もっと直接的なものは、ザクロの花で「あなたと夜をすごしたい」。もちろん魔法の杖や幸運のシンボルなど、微笑ましいものもある。中には実際に魅了の魔法を堂々とかけて送り込んできた令嬢もいる。


レイチェルはハンカチの刺繍にメッセージを載せるような駆け引きなどできやしない。

だがシンプルな白い刺繍から真っ直ぐに伝わってくるのは、ただゾイドの疲れた目を労わる思い。


こんな真っ直ぐで、裏も表もない思いを受けるのは、いつぶりだろう。

こんな心地良い場所があるのなら。


「こんなものが必要にならないうちにお仕事中止して、お家にお帰り下さいね!」


くるくる笑って己の目に載せたハンカチを取り払ったレイチェルの手を思わず掴んだ。


驚いてゾイドの顔を見たレイチェルの瞳を見つめた。茶色い、真っ直ぐに人を見る、どうしようもなく危うい瞳。

自分を偽り己の心を守ることも知らない。


気がつけばゾイドは思わず、レイチェルの形の良い額に、触れるだけの、子供の様な口付けを落としてしまった。


顔を真っ赤にして俯くレイチェルを見て、ゾイドの心の何かが、砂の様に崩れ落ちていくのを他人の事の様に感じていた。



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