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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
エピローグ

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春の作付けの季節となった。


よく晴れたこの日、レイチェルは、子爵家の小さな領地を訪ねていた。

訪れるのは随分久しぶりになるこの牧歌的な領地は、紙の材料となる植物が特産だ。

このジーンの地で生産された紙は、丈夫で長持ちするため、公用紙としてアストリア国で使用されている。魔法紙の生産も細々としていることから、魔法史資料館が王都のジーン家の館に建立されており、レイチェルの魔術の全てはそこから学んだものだ。


安心、安定のジーン家、領地もごく普通の街並み、特産品は公用紙なので、特に有名な観光名所も、観光土産もない。


このジーン子爵領で、結婚式に参加する為に、レイチェルは、姉のライラとこの普通極まりない子爵領にやって来ているのだ。


子を産んで、ますます生来持っていた華やかな輝きを増したライラと、地味極まりない見かけながらも、夫に心から愛され、その夫の子供をお腹に育み、幸せそうなレイチェルの姉妹は、キラキラと眩しい。

久しぶりの姉妹の時間に、うっかり娘時代に戻ったように、二人は楽しそうに語り合う。


「。。それにしても、お父様ったらやるわね。。」


一応この子爵領の名物的な、素朴な焼き菓子を行儀悪くレイチェルは、口に入れた。よく噛むと、味わいが出てくるこの焼き菓子は、子供の頃のレイチェルの好物だ。

とても久しぶりに口にするこの焼き菓子は、最近つわりが落ち着いて、食欲が旺盛になったレイチェルにはとても嬉しい味だ。


この結婚式は、なんと、最近まるっきり髪の毛の無くなってしまった、ジーン子爵・ヘラルドその人の結婚式だ。

ライラと、レイチェルの、優しい父。


娘二人を嫁がせた後、領地に籠もろうかと思っていた矢先に、最近商品の取引が増えたフォート・リーの新しい取引先である貿易商の娘に、ヘラルド様と結ばれないならこのまま死ぬ、とまで言われてしまい、先方から頭を下げられて、押し切られて結婚する運びとなったのである。


なお、ジーン子爵より、30も年下のお嬢さんである。


義理の母となる、レイチェルより年下だと言う平民の花嫁は、一応は貴族籍のはしっこである子爵家に嫁ぐと言う事で、それはそれは実家から祝福されたと言う。

控室で、目をキラキラさせて頬を染めていた初々しい姿は、恋する乙女そのものだ。


「あら、レイチェルだって、結婚するならお父様がいいわって、言っていたじゃない。」


ライラは遠慮なく、ボスボスと大貴族、リンデンバーグ魔法伯夫人となったレイチェルの膝を叩いて、からかう。

二人はいつでも、仲の良い姉妹だ。


「お姉さまと取り合いになって、結局三人で結婚しましょうって言ったら、お母様ともう結婚してるからできないよって、お父様困ってたわね。」


二人はもう、大笑いだ。お父様はとってもモテるのね、と。


レイチェルは、まだ母、レティシアが生きていた頃の懐かしい日々を、夢のように思い返していた。

この母が、両親の反対を押し切って、身分の下の、ヘラルドに嫁いだことがそもそも全ての物語の始まりだ。

朴訥な、飾らない優しい心が大好きになったのよ、と母はうっとりと、そう言っていたか。


「懐かしいわね、お父様って、本当に側にいると安心するのよね。きっと、あの可愛いお義母様、幸せになると思うわ。」


姉妹は顔を合わせてクスクスと、微笑む。そんな美しい姉妹を、夫たちは愛おしそうに眺める。


「ゾイド様、お義父様に嫉妬しておいでですか?私の可愛いライラも、今だに理想の夫はヘラルド殿だと。」


楽しそうに、レイチェルの方をむいてイライラ爪を噛んでいるゾイドの隣に座るのは、ライラの夫のアーロンだ。

アーロンは、フォート・リーにレイチェルが拐われた頃より、ずっとゾイドと親しくしている。

今日のレイチェルの装いも、アーロンの商会から取り寄せた、新郎の娘にふさわしい、ライラと揃いの美しいドレスだ。


「ヘラルド殿は、心の機微を悟る事に長けているとか。我らの妻達は、あの包容力を我らに求めているらしい。妻の心をつなぎとめる修行は、なかなか厳しい道のりになりそうだな。」


ゾイドは溜息をつく。

30歳も若い娘に、命を盾に結婚を迫られるほど、ヘラルドの聞き上手と包容力は魅力的なものらしい。髪の毛の無くなったその頭も、特に裕福とは言えない台所事情も、年齢差すら女達には気にもならないほどの男の魅力。


男の魅力は、身分や財産、そんな物ではない。

世間的なことから、この変わり者の娘を守り、レイチェルを、レイチェルの魂そのまま、真っ直ぐそのまま大切に育て上げて、そのまま己に預けてくれた、義理の父。


(。。私は、そんな偉大な男になれるのだろうか。)


ゾイドは、レイチェルの膨らんだお腹に目をやった。


やがて、会場からささやかな拍手が響く。二人の揃いのドレスに身を包んだ娘に右と左の腕を組まれて、花婿の登場だ。

そして、ヘラルドより若いであろう父親に腕をひかれて、大きな拍手で迎えられた、うっとりと恋する若い乙女の新婦。

花婿は、少し照れた顔をして、両腕に絡みついていた、己の美しい娘達を、しっし、と壇上から追い払い、会場は大笑いだ。


式は和やかに進む。


会場の端には、この花婿の、女神の元に旅立った前妻レティシアの姿絵も控えめに、しかしメリルの花輪をかけられて、大切に飾られていた。


夫を愛して止まなかったこの女の遺言は、


「どうか、また結婚して、幸せになって頂戴。私が幸せだったように。」


やがて、壇上で愛が誓われ、小さな石のついた指輪が交換される。

子爵家は、特に豊かなわけではない。

それでも、恋の実りに、花が綻んだように幸せそうな若い娘と、照れて居心地が悪そうな、2度目の新婚生活に、晴れやかな男の、新しい人生が、この地味極まりない子爵の領で始まる。

この若い妻は、きっと幸せになるだろう。


偉大な、男だ。


ゾイドは、この子爵領しか持っていない、小柄な男の背中を、尊敬を持って見送る。


/////////////////////////////


子爵領での婚礼から、その翌週の話だ。春の赤い満月が、煌々と王都のゾイドの館を照らすその頃。


「いったーい!!嘘でしょう、ちょっと魔法でなんとかしてよ!!聞いてないわよこんな痛いの!!!」


陣痛のあまりの痛みに、ヤザーンの砂漠土産の絨毯の上でもんどりうつレイチェルに、この大陸で最高の頭脳を誇る男達は、全く役に立たない。


ちなみにこの絨毯、ヤザーンの作品だ。この手先の器用な男、いくつも魔術の入った絨毯を仕上げては、竜にやっているのだが、手芸にハマってしまい、今や宦官の中では一番手芸の腕が立つ。


おろおろと乳母のようにレイチェルの腰をさすり続ける、ヤザーンは、思わず、胸元から、砂漠で流行っている紫色の煙の出るタバコを胸元から取り出してレイチェルに与えようとする。

なお、この男は砂漠の大国の最高位の宦官。


「レイチェル、お前は魔法がきかん事を忘れたか!落ち着け!えっと、ほら、あの、落ち着いて、ほら、このタバコでも嗅いでみろ、多少はマシになる。」


「おいヤザーン、こんなもんを妊婦にすわすな!それは毒だ!それなら電撃だ、電撃なら痺れるだけだ、ちょっと待ってろレイチェル、、」


同じようにおろおろと、全く役に立たないレイチェルの夫は、同じように愚かだ。

尚、この男はこのアストリア国最強の魔道士。手元で魔法陣を展開しだす。


「うわああ!!兄上!レイチェルは死なないけど子供が死ぬから!ヤザーンも!落ち着いて!レイチェル、そうだ、竜の血だ、メリルを呼んでくる、待ってて!!」


「アホかテオ、竜の血なんか飲ませたら、レイチェルが死ぬ!レイチェルは繊細だ!」


陣痛に焦って、レイチェルに大変な滋養効果が発見された竜の生き血を飲ませようとしているのは、アストリアの頭脳集団の中心にいると言われている、竜の研究家。テオだ。


大陸最高の頭脳が、揃いも揃って大慌てだ。


予定よりも一月も早い陣痛で、乳母の手配も、医師の手配も、急な事で、まだ間に合っていなかったのだ。

まあ経過は順調で、初めての出産ということもあり、早い陣痛は問題はないし、医師は後半刻もすれば到着するのだが、大陸最高の頭脳を持ってしても、どんな男も宦官も、女の一大事には本当に、役立たずだ。


「はいはい、退いた退いた!」


ドリスを始め、屋敷の経産婦の侍女達は、そんな頼りにならないご立派な男達を足蹴にして、忙しそうに準備をする。高貴な、そして優秀なはずの男達は、部屋のすみで、肩を寄せ合って侍女達の邪魔にならないようになるしかない。無力だ。


侍女達は落ち着き払ったもので、一人は産着に水を入れ、一人はお湯をわかし、一人はレイチェルが赤ん坊のために準備したキルトを出して来て、女達は皆、粛々と、そして笑顔すら浮かべて急な出産の準備している。


「レイチェル様、まだ生まれませんから、陣痛が一旦治ったら一度お食事にしましょう。先は長いですよ。」


「ご実家のマーサに使いをやりましたから、後で奥様の産後のお世話にいらっしゃいますよ。ついでに石鹸を私の分もお願いしておきましたよ。マーサのところの石鹸はいいですね」


「あ、いやだ、私の分もほしかったわ!」


キャッキャと落ち着いて、生死の境を苦しむかの如くのレイチェルに、次々と明るい声をかけて仕事をする侍女達に、ゾイドも、男達も、ほとんど、のけぞる思いだ。


ゾイドが、こんなに無力に、愛しい妻が苦しむのを指を咥えて見ているだけだと言うのに、なんとこの、魔力もほとんどないはずの侍女達の、実に頼り甲斐のある事か。


四人も子を産んだ事のあるドリスは、てきぱきと侍女達に指示を出しながら、怯えるレイチェルの小さな手を握ると、そっと呟いた。


「私達女はね、魔法なんてお館様や、そこにおられる神官様みたいには使えやしませんがね、子供を産めるんですよ。それは絶対に、どんな偉大な魔法使いでも成し遂げられない偉業なんですよ。だからね、レイチェル様、私達母は、皆、世界で一番偉大な魔法使いなんですよ。」


痛みで気が遠くなるレイチェルの耳元に、ドリスは昔話をするように、レイチェルに囁いた。

遠い意識の中で、レイチェルは、偉大な魔法使いになって、勇者と冒険の旅に出かける、子供の頃のお気に入りの空想の世界を思い出す。


(そうか。。私は、母に、魔法使いに、なるのね。)


////////////////////////////


春の赤い、大きな満月が中天にのぼるころ、レイチェルは、元気な男の子の母となった。


赤ん坊の産声を聞いたゾイドの開口1番の言葉は、もはや王都では、伝説である。


「でかしたぞ息子よ、これでレイチェルは私から、決して、決して離れたりできないぞ!!」


人に反対されたら反発したくなる、そういう面倒臭い性格の現・伯爵、ウィルヘルムによって、赤ん坊には初代と同じ名前が授けられた。


ギルバード・アストリア・ド・リンデンバーグ8世。


燃えるように赤い目をした、銀の矢のような銀髪を誇る、リンデンバーグ家の跡取りだ。


バード、と両親から呼ばれた(そしてウィルヘルムからは、ギー、と呼ばれた。そう言う男なのだ。ウィルヘルムは。)その美しい男の赤ん坊は、生まれてすぐに、屋敷に滞在していた砂漠の大国の偉大な宦官より、「大陸の覇者となるだろう」と予言された。


後のアストリアの白竜王、と呼ばれた大魔道士の誕生の瞬間だ。


//////////////////////////////////////////////


レイチェルは、その後、次々と毎年、春の赤い月の日に子供を産み、その人生で、合計十人の男の子と、一人の女の子の母となった。


赤い目と銀の髪を持つ、ゾイドと同じ魔力を持つ、人外に美しい子供達は、皆それぞれ非凡な魔術の才能を開花させ、アストリア国の魔法学の発展に大変な貢献をもたらせた。


他の子と毛色の少し違った3男は、母に似たのか、刺繍の方に興味があった様子で、この子だけは刺繍作家になった。ゾイドは、3男のその魔力の才を惜しむことなく、したい事をさせてやったのは、実に大貴族としては、勇敢な決断であった。

レイチェルの実家の紙産業と相性が良く、刺繍の模様の透かし彫りの入った紙を開発して、若い娘達の間でとても人気が出たとか。


アストリア魔法学の中興のきっかけとなった子供達を国にもたらせた母であるレイチェルは、歴史書には、レイチェル・ラ・リンデンバーグ魔法伯夫人、アストリア国の「聖女」である、と一行だけ、尊敬を持って記載されている。

だが、レイチェルは、「聖女」でも、「国宝・虹の刺繍の作者」でも「リンデンバーグ赤い軍団の祖」でも「竜神・メリルの母」でもなく、歴代で「最も夫から愛し、愛された妻」、と子孫から、後年そう、評された。


ゾイドはその生涯で、政治的、学問的に非常に高い位についたが、その多忙の側で、多くの新しい魔術をレイチェルの為に開発して、そのレイチェルの為の魔術が、後年ゾイドの名を広く世に残すことになる。


体の弱い妻が風邪をひかないように、稀代の天才魔道士である夫は、広範囲の屋敷全体の温度の調整ができる大術式を開発した。この術式は、後に改良され、一般家庭でも利用されるほどの、普遍的なものになる。


他にも、ゾイドは食の細い妻の好物である、砂漠の果物を領地で栽培するために、土魔法を改良し、そして転移魔法を応用して、最高の糖度に育ったらその瞬間にレイチェルの手元に届く、大掛かりな仕掛けを開発した。この仕組みは、医療用に広く利用され、多くの命を救った。


そして、レイチェルに捧げる最初の一杯の紅茶のために、アストリア山から新鮮な湧き水を入手するため、灌漑施設に大掛かりな魔術を施して、屋敷に直接、湧き水が汲める井戸を掘った。この技術は、砂漠の国で応用されていると言う。


私の方法で、全力で妻を愛すると誓った、とても困った男は、全力でレイチェルに、己の知っている方法で、生涯、その愛を表し続けたのだ。その繊細で、魔術を知るものであれば誰でもが、心動かされる、愛に満ちた術式の組み立ては、まさに、魔術を使った恋文だった。


かつて、レイチェルが刺繍を使って愛を表したように、ゾイドは、魔術という、方法で、その人生全てで、レイチェルに、愛を示し続けたのだ。


全てレイチェルのために開発された魔術は、後に一冊の魔術書にまとめられてて、広く、魔術の基礎教科書として、後世に残された。

この最初のページは、魔道士の恋文と呼ばれ、アストリアで一番有名な恋文となり、レイチェルとゾイドの出会った、ロートレック伯爵の庭園には、その愛を偲び、石碑が建てられている。


その魔術書の最初のページには、こう書かれてある。


「レイチェル、私の最愛の妻。私の全身全霊の愛を、魔術を持って、あなたに捧ぐ。」


              


                       了


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― 新着の感想 ―
完結して読み終わってからも、定期的にみたくなる作品の一つです。 最高な作品をありがとうございます。 キャラクター達の純粋な気持ちに触れてすごく涙が止まらくなりました。大好きです。
面白かったです、良い物語をありがとうございました。
読むのが楽しすぎて一晩かけて読了致しました。文体や誤字脱字を指摘されている方もいらっしゃいましたが、この大いなる愛の物語の前には些細な問題でした。 それぞれの男たちが、それぞれの愛し方をみせるのがとて…
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