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大きな嵐は黒い、分厚い雷雲を呼び、その暗雲の中から、赤い稲妻が光る。
稲光が大きな轟音と共に、大地に突き刺さる。
この光景は、竜人の国で見られるものではないはずだ。
永遠に美しい、穏やかな美しいこの国で。
「くそ。。なんだここは。。。」
稲光を背に、泥のぬかるみを歩むのは、愛に狂った銀髪の男。
先ほどまでは、花々の生茂る緑の丘だった場所だ。一歩ゾイドが足を踏み出すと、その場所は荒れ狂い、ゾイドの肉体を、冷たい雨で苛む。
「君の心が荒れ狂っているからね。」
ゆらりと、光の粒で形取って、嵐の中に姿を表したのは、地面にまで届く、長い髪の人。
光の粒に守られて、この嵐の中でも、しずく一滴ほども濡れていない。
「竜人のお人よ。」
ゾイドは、激しい雨に打ちつけられながら、重い足を引きずりながら、しかしニヤリと笑う。
ギーは、おかしそうに笑う。
「なんとも君は、察しがいいね。気にいったよ。」
この、実に察しの良い男は、もうこの国の本質が何であるかを、掴んだらしい。
「。。では、今すぐに、私の大切な者を返してもらおう。」
「この国は、望みがすべて現実になるんだよ。思いの強さが、形となる。思いが純粋であればあるほど、形は鮮やかになる。そして、君の察し通り。思いを純化するには、他の余計な物を、捨てなくてはいけないんだよ。君は、愛しい者のために、一体何を、捨てられるんだい?」
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遠くに光っていた黒い雷雲と、稲光がどんどん近くなってゆく。
気がつけば、レイチェルと、テオの頭上は黒い暗雲で覆われている。
メリルは、うわ、すごい荒れ具合だ!面白い!と楽しそうにケタケタ笑って、竜の姿に戻り、荒れ狂う天候に体を踊らせる。
(まさか。。まさか。。)
レイチェルは、汗が止まらない。
テオは、目を伏せた。何がおころうとしているのか、察したのだ。
手元でメリルのために編んでいた、花の冠を、思わず落としてしまう。
レイチェルは、立ち上がると、雷雲に向かって、力の限り叫んだ。
「ゾイド様!!!!!!!!」
次の瞬間、一瞬だけ雷雲のその中が光を放ち、次にレイチェルが知ったのは、気怠い麝香の香り。強く抱きしめられて、レイチェルには何も見えない。
だが、レイチェルは知っていた。レイチェルは、ここにいるはずもない、愛おしい男の、腕に、抱かれているのだ。
「レイチェル。。。!」
雨が横ぶりに、痛いほどの勢いを持って二人を襲う。
強く、強く抱きしめられて、レイチェルは、前も見えない。息ができない。
レイチェルの心の叫びが、嵐の空中に溢れ、響き渡る。
(私を傷つけて、振り回して、自分勝手で、本当にどうしようもない、最低な、最低な、お方。。)
(私が愛して、愛して、愛して、愛して、愛してしまったお方。。)
(いっそ、憎めたら、いっそ、嫌いになれたら、よかったのに。。)
(大好きよ、それから大嫌いよ、それからやっぱり大好きなのよ、あなたみたいに勝手な方が!!!)
レイチェルは、ゾイドの胸で、あらんかぎりの声で叫び、号泣する。
「悔しいわ、ゾイド様。私は、勝手なあなたが、愛しくて、愛しくて、もう2度と離れたくないの!」
「傷つきたくないわ、傷つけたくないわ。でもね、あなたを愛する事を、もう怖がらないの。愛されることも、もう怖がらないの!!」
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テオは、涙を流しながら、目の前の光景を見ていた。
黒い雷雲の中を、悪魔の使いのごとく雲間を揺蕩っているのは、黒い竜。その側を、楽しそうに銀のメリルが旋回する。
黒い悪魔のような竜のその腕には、テオの愛おしい、地味な娘が固く、決して離すまいと、大切そうに抱かれている。
(兄上が、竜化したのだな。。)
思いの強さが、そのまま形となり、そして具現化するこの竜人の国。
人の形が思いの強さに耐えきれずに、ゾイドは竜となった。どれほどテオが試みても、決してなることができなかった、竜の姿。
(それだけ激しく、レイチェルを、求めるのか。)
(人である事を、投げ打ってしまうほどに、レイチェルを求めるのか。)
強く頭上から響く、激しく強く、ゾイドを求めるレイチェルの心の叫びが、うわん、うわんとテオの心を揺さぶる。
(そうか。。。私は、恋に敗れたのか。)
テオの瞳から、真っ直ぐな、とても特別な二筋の涙が、流れ落ちた。
涙の滴は、優しい緑色の結晶となり、テオの足元に、落ちた。




