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テオはもう、感無量だ。
エグエグと鬱陶しく泣きながら、千は軽く超えるであろう、抱えていた疑問や、不明点を、直接メリルに、延々と、延々と答えてもらっているのだ。
メリルの行動の理由、食事の謎、それから知能、脱皮中の内部、竜人への変化の際に使用する魔力の種類、様式、実に何もかもだ。
メリルは辟易としながらも、レイチェルにお願いされて、仕方なくテオの相手をしてやっているのだ。
研究者として、研究対象と直接話ができるなど、その喜びはレイチェルには計り知れるものではない。
だが、レイチェルは、それがどれほテオにとり、大切な事なのかは、テオと時を過ごすようになってから、よく知ったつもりだ。
レイチェルは、メリルに載せてやる、花の冠を編みながら、テオの長い長い質問を嫌がるメリルをなだめすかして、答えてやるように促した。
テオがあまりに興奮に興奮するものだから、二人の頭上の天候はあれて、雲が渦を巻いて強風が起きる。それからテオの心の声が、具現化して大声としてあがり、いちいちうるさいのも、辟易とする。
「信じられない!」
「素晴らしい。。素晴らしいぞ。。!!」
「なんと言うことだ、それでは北の国の仮説は論外だ。。」
折角の美しい花園の丘をうわんうわんと心の声を響き渡らせて、非常にうるさいのが、我慢強いレイチェルにとっても、なかなか鬱陶しい。
「母様、もうテオの相手はいい?」
ゲンナリした顔でメリルはレイチェルに、何度目かの問いを、問う。
「あああー、メリルもうちょっと、もうちょっと、あと一個聞かせてくれ!!脱皮時の話だ、脱皮の時は。。」
もうそろそろ限界らしいメリルに、レイチェルは助け船を出す。
「テオ様、そろそろメリルを休ませて。遠くから折角訪ねてくれたのに、そう質問ばかりではメリルが嫌がります。」
テオはレイチェルに、ピシャリと最もなお説教を受けてしょんぼりだが、そもそもメリルは、レイチェルに逢いに、遠くまで飛んできたのだ。テオはついでだ。
ギーに連れられて、歩いてレイチェルの元までやって来た小さな人形のような男の子を、レイチェルは一瞬で、何故だかわからないけれど、メリルだと分かったのだ。
そして、メリルがレイチェルを恋しがって、何かの方法で、脱皮後すぐに、飛んで逢いに来てくれたこともだ。
「僕はずっと寝てたけど、母様がここに来たのはすぐにわかったよ。どう、僕たちの故郷は。」
はちきれんばかりの笑顔の、お人形のように美しい子供に、レイチェルも破顔だ。
メリルと話がしたかったのはレイチェルも同じだが、あれほど散々テオに色々質問の嵐を受けた後だ。レイチェルは、しばらくは何も聞かないで、メリルのしたい様に、甘えさせてやる事にした。
「そうね、ここは素晴らしいわ。こんな美しい場所がこの世にあるなんて、知りもしなかったわ。」
レイチェルは、抱きついて離さないでいる、メリルの銀の髪を、ゆっくり指ですいてやる。
メリルは嬉しそうに、レイチェルに鼻先を擦り付ける。
「それはね、そこにいるテオと、母様の心が美しいから、こんな美しい場所になったんだよ。それに比べてあの人は今頃、大変だと思うよ。」
そう言うと、メリルは幸せそうに、レイチェルの膝に寝転ぶ。
「あの人? 」
レイチェルの、メリルの髪をすいていたその手が止まった。
「ねえ、メリル、あなた、ひょっとして、誰かと一緒にここまでやって来たりした?」
レイチェルの膝で遊んでいたメリルは、蝶が鼻先をかすめたのが面白かったらしい。ぴょん、と立ち上がると、クルクルとレイチェルの周りを蝶を追いかけながらくるくる周り、、
「あの人だよ、あの人!」
と言って、蝶を追いかけて、遠くにいってしまった。
(あの人。。。まさか。。)
この国ではとても珍しいことに、遠くで雷雲が起こっているのが見える。
雷雲の渦から、稲妻が落ちて、なんかに命中した様子。
テオは、メリルと話をした興奮で、まだレイチェルと普通に会話ができそうにない。テオの頭上にはグルグルと、空気の渦が発生していて、巻き込まれた花弁が、ひらひらと舞っている。
レイチェルは、その稲妻が、どうも気になって仕方がなかった。




