236
王宮の中庭の、メリルの住まいは、第一王子、いや、現アストリア王の管轄下だ。
この特区は、王直属の部隊、もしくは、王族以外は出入りが許されない。
その中庭を、こんな早朝から般若の形相で、ずるずると美しい金髪と、空のように美しい青い瞳の男を引きずり回して肩で風を切って早歩きしている、人外に赤い目をした男に、早朝の王宮担当の衛兵や侍女達は目を白黒している。
赤い目の男は、この国で最も優秀な魔術師とされる、リンデンバーグ魔法伯爵家の長男。要するに、ゾイドだ。そして、引き摺り回されている美しい若い男は、ジーク殿下。この王宮で、最も尊い人の、一人。
その美しい花々が咲き乱れる庭園にも、小鳥が囀る女神を模した、名高い名工の作である噴水も、ゾイドには全く目に入っていない様子。
「・・あのなあゾイド、王族の案内であれば出入りできるからって、仮にもお前、王族にこの扱いは不敬もいいとこで、お前不敬罪で処分されるかもとか、お前は思わないのか??」
「。。。」
ゾイドは、ジークの言葉など、何も聞いては居ない。
例の、悪い発作が起こっているのだ。
。。こうなったら、誰も止められない。
一応、と言うか申し訳程度に、ルイスが付き添って、そうっと、無駄とは知りながら、ゾイドに話を試みてみる。
「ええと、今、ものすごーく早朝なのは知ってるよな、それでお前が今、引きずってるのは、ジーク殿下だって言うところまでは、理解してるよな。」
「無論だ。だが私はジーク殿下には用はない。用があるのは、メリルだ。」
ズンズンと、足を止めずに、まだ部屋着のジークを引っ張って、ゾイドはメリルの小屋の前まで、歩みを進める。
ゾイドが引きずって来て、ではあるが、一応ジークに連れられている形になっているので、警備の騎士は、困惑しながらも先を進むゾイドを止めることはできない。
ジークはもう、観念して、ゾイドのさせたいようにさせてやる事とした。
元々はと言うと、王家の問題にゾイドとレイチェルを巻き込んだのが事の始まりだ。
ジークは、心配そうにおろおろと後を追っかけるルイスに、(いいから、好きにさせておけ)そう合図を送る。
メリルは、今は脱皮の時期で、ほとんど冬眠状態だ。
まだ生まれたばかりの子供の竜は、何度も脱皮を繰り返して成龍となる。メリルの冬眠中は、リウが朝と夜の二回、メリルの体重や諸々の記録をつけている。
朝の光もようやく温かみを帯びた頃。今日も朝の計測の時間だ。
リウは眠い目を擦りながら、メリルの小屋を訪れた。
(あれ。。?俺昨日の酒がまだ残ってたっけ。。?)
リウの目に映ったのは、小屋で幸せそうに眠るメリル。
それはいつも通り。
だが、その横に、ありえない光景が、あったのだ。
半眼で、魂が抜けたように小屋の外で突っ立っているジーク殿下と、ウロウロと無駄に長い足を目的なく歩かせている、近衛隊長。それから、その真ん中に、ぎゃあぎゃあと大きな声で、白い竜の子の巨体に怒鳴っているのは、
(。。??ゾイド様??なぜ??)
/////////////////////////////
「メリル!おきろ!お前なら、あの国まで飛べるだろう!!回路は開いたから、さっさと私を連れて行ってくれ!!」
大きないびきのメリルは眠ったままに、見える。
だが、テオの最新の研究によると、脱皮時は、眠っているように見えるが、意識は大体あるらしいのだ。
「おいメリル!寝たふりはもういい、お前はもうそもそも中では脱皮は済んでるだろう!いい加減起きろ!怠け者め!お前の母が、レイチェルが、帰ってこないんだ!」
レイチェル、と言う言葉に反応して、薄らと、メリルの片目が開く。
竜は非常に知能が高い。当然、ゾイドの言っている事は、理解しているのだ。
「頼む、お前ならば、レイチェルの元まで行けるだろう。レイチェルも、お前ならば拒まない。お願いだ、どうか私をレイチェルの元に、連れて行ってくれ。。。この通りだ。」
そして繰り広げられたのは、この大きな体を小さく折り曲げての、なんとも見事な土下座だ。
(私は何も、見てないぞ、見てない見てない。。)
ゾイドほどの貴人が、土下座などした事が公になったら、大変なスキャンダルでは済まないほどの、大ごとになる。それが、まだ生まれたばかりの子竜相手だとなると、間違いなく、ゾイドの精神の正常性が疑われる。
リウはくるりと、回れ右をする。
ゾイドの捨て身の土下座でも、メリルには、あまり響かなかったらしい。
メリルは、大きな欠伸だけして、また眠りにつこうとする。
ゾイドは腹立ちのあまり、ギリギリと歯を食いしばり、拳を握る
「くそう、この王宮を火の海にすれば、お前も起きざるを得ないだろう。。かくなる上は。。」
ゾイドが両手を広げて、何か物騒な魔法陣を編み上げようとした。
「おい!!ゾイドお前はアホか!!」
「ちょっと待て!おい!!」
ジークとルイスが焦ってゾイドを止めようと飛び出したその時。
ゴゴゴッっと、地を揺るがすような咆哮をあげると、メリルは一瞬にして、外皮を脱ぎ去ると、空に跳ね上がったのだ。
空に躍り出たメリルは、先ほどまで眠っていたその姿の、おおよそ倍の大きさもあるだろう。
銀色に輝くその姿は、メリルが高位魔術を展開できる、上位の竜の子供である証拠だ。
「うわああ!?貴重な銀竜の抜け殻だ!!」
何事かとワラワラと集まってきていた竜の一隊は、大騒ぎでメリルの抜け殻を集める。
貴重な魔道具の材料となる、高位の竜の抜け殻だ。一片でも惜しい。
ゾイドはすぐに足元に、別の魔法陣を展開して、メリルの旋回する、空へと飛躍して、その背に飛び乗る。
「いい子だ、回路まで案内してやる。そこからは、お前が頼りだ。」
そして、ゾイドの濃厚な魔力を叩きつけるように作り出した、美しい赤い魔力でできた花をメリルに与え、叫んだ。
「さあ食え!好きなだけ食え!レイチェルの元まで連れて行ってくれたら、とびきりの花を、好きなだけ食わしてやる!!」
メリルの咆哮が空に響き、そしてメリルは最高速度で、ゾイドをその背に乗せたまま、空のかなたに消えてゆく。
「消えた。。」
ジークは、茫然と呟く。
「殿下、よかったのですか??」
ルイスは、ジークを抱き起こすと、心配そうに尋ねた。
「。。ああ、いいさ。あとは二人の問題だ。」
遠くの光る粒となって消えて行った、メリルとゾイドの姿を見送ると、ジークはパンパンとホコリを払う。
「ああやって、すれ違ったり、怒ったり、愛しあったり、傷つけあったり。それから夢中になったり。」
「。。本当にうらやましいですね、殿下。」
「ああ。本当に。あれこそが、恋の醍醐味だ。あの二人は、その真最中にいるね。」
「我々も、二人の上の起こった全ての事件も、ただの二人の恋の鞘当てというワケですか。」
ちぇ、とルイスは羨ましそうに、眩しそうに、そして嬉しそうに光の粒を見送る。
「本当に見せつけやがって。。あの二人はほっときましょう。さて、殿下、執務が溜まってますよ。勝手にリンデンバーグまでいくものだから、決裁が必要な書類がたまってます。」
朝日の中、竜の抜け殻で大興奮の竜の一隊を後に、二人の貴人は満足そうに、ローランドが真っ青で二人を探しているだろう執務室に足を運んで行った。




