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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
チ・ブラ・マテソ

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テオはレイチェルの手元をずっと見つめていた。

相変わらず、レイチェルのいる四阿は、穏やかな暖かい光に満ちて、珍しい花々が甘い香りを放つ、とても美しい場所だ。

レイチェルは、この場所で疲れもせず、眠りもせず、ずっと、ずっと作業に打ち込んでいるのだ。


テオは、ギーから、レイチェルの刺繍が面白い発動をしだした事を聞いてきたらしい。

東のやり方で複雑な紋を刺すと、テオの知らない魔力の発生の仕方をし、表面は非常に穏やかし、しかし内部では強く魔力が動く。


レイチェルはこの周りに、わざわざ発動を抑える二重の祝詞を弱く重ねて、飾りとして、小さなリンデンバーグの花びらが角度によってゆらりと揺れる魔術を施した。

レイチェルにとっても、これだけ複雑な複合魔術を手芸に落とし込むのは初めてだ。

なにせ時間と手間が掛かる、相当な大作だ。下界にいた時であれば、こんな大作に取り掛かる時間など、一生かかっても捻り出せなかっただろう。


テオは小さくため息をつく。


「見事だ。。兄上に嫉妬すると言わしめたほどの腕前は、伊達ではないな。。」


テオの預かりしらぬところで、思わず心の声が漏れ出たらしい。


この国の便利でとても不便な部分だ。気をつけていないと、心の中の声は、すぐに具現化して、実際の声になる。

竜人ともなると、声になる前の心の声を直接頭に拾うので、何も竜人には心は隠せない。


「ゾイド様が嫉妬??ふふ、面白い事おっしゃって。あの輝かしいお方が、私に嫉妬されてもする事なんてないわ。」


レイチェルは、テオの心を聞くと、針を止めるとさも可笑しそうにくすくす笑う。

レイチェルの反応が不満だったのか、憮然とテオは、いつの間にか出現させていた、美しい茶器を口元に運ぶ。


「君は自分の能力を、そろそろ正しく認識するべきだ。これだけの複合魔術を構築する事が出来る魔術士は、北の大国でも片手に余るほどだ。」


「。。それに」


かちゃりと茶器を置いて、少し逡巡しながらぽつり、と呟いた。


「君の刺繍はとても綺麗だ。私も手元に欲しいくらいだ。」


素直に、レイチェルの腕を賞賛しているのだ。


「ええ!!本当?テオ様、本当に私の刺繍が欲しいと思ってくださっているの??」


レイチェルにとって、作品を欲しい、と言ってもらえる事は、何よりも賛辞で、そして何よりの喜びだ。

特に、テオのように、拘りの非常に強い男が欲しいと言ってくれる事は、とても嬉しい。

レイチェルは、その大きな目を輝かせて、真っ直ぐにテオを見て、大きく笑う。貴婦人としては、失格と言われている、大きな笑顔だ。


レイチェルの、曇りのない大きな笑顔を真っ直ぐに向けられて、テオは思わず、


「可愛いな。。。」


本人を目の前にして漏れてしまった本音に、テオは真っ赤になる。

そんなテオを目にして、レイチェルまで、思わず赤面してしまう。


「あ、えっと、ありがとう。。」


お互い真っ赤な顔を俯かせて、沈黙が二人の間を駆け抜ける。


「えっと。。レイチェル、君の腕前は本当に大したものだよ。」


空気を変えようと、テオが足掻く。


「あ、ありがとう、テオ様にも何か、ええと、そうね、メリルの立髪がまだあるから、アミュレットを挿して差し上げますわ。。」


レイチェルも、話題に乗って、この空気を別の空気に変えようとした、その時だ。


「愛してる。」


またうっかりと、テオの心の声が漏れてしまった。

いつもの、覚悟して告げるような愛の告げ方でなくて、不意打ちのように出てしまった声に、テオはあわあわと焦って、また沸騰したように真っ赤になってしまう。


「困ったわ。。」


レイチェルの心の声も、真っ直ぐに漏れ出た。


二人はそこで大笑いだ。


一頻り笑いが収まると、テオは照れたように頭をかいて、


「参ったな、この国は本当に素晴らしいけれど、心の声が漏れ出だすのが本当に慣れないよ。。」


と、言い訳をする。まだ目元が赤い。


「。。困らせてすまない。だが気持ちを心に留めておく事のできないこの場所では、さっさとどうにか羞恥心を乗り越えてて、開き直ってしまった方がよさそうだな。。」


女性嫌いも、言葉の詰まりもこの国ですっかり克服したテオの事だ。恥ずかしがり屋の心も、テオが決心すれば、すぐに乗り越えてしまうだろう。

レイチェルは苦笑する。


「。。テオ様、私、折角あなたに開き直っていただいても、私の心も体も、何もかもをゾイド様に差し上げてしまった後だから、テオ様には何もお応えできないわ。。」


レイチェルは、慰めるように、そうテオに言った。レイチェルはテオが嫌いなわけではない。テオを拒否しているわけでもない。むしろ優しいテオは、大好きだ。

ただ、レイチェルには、テオにくれてやれるものが、何もないのだ。


テオは、真剣な顔をして、そして、少し不思議そうにレイチェルに向き直る。


「レイチェル、私は君に何も求めていないよ。私はただ、君が私の側で、笑っていて欲しいだけだ。」


「私は、勝手に君を愛している。ただそれだけだ。私の今の君への最大の望みは、安全な場所で、無邪気に幸せに、笑っていて欲しいだけなんだ。」

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