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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
チ・ブラ・マテソ

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もう、どのくらいの時間が経ったのかしらね。。)


レイチェルの暮らしは、竜人の国でも、何も変わらない。

ギーが用意してくれた、黄金の城の、花々の咲き誇る四阿の中で、取り掛かってみたかった、大作の刺繍に、挑戦しているだけだ。


今取り組んでいるのは、ゾイドの埃っぽい執務室に飾る、大掛かりの氷の古代魔術の術式。

一番ゾイドが好きだ、といっていた、とても綺麗な魔法陣に、ぐるりと火の術式を組み込んで風を送ると、やんわりと、虹が発生する。

実に繊細な術式で、一度、試してみたかったのだが、非常に集中力が要求される上、とてつもなく時間がかかる術式だ。

一度、レイチェルが術式の設計図を紙に描いて見せたら、ゾイドは大きなエクボを見せて、ああ、貴女の手によるこんな美しい術式の刺繍が執務室を飾っていれば、私はどれだけ仕事の疲れが癒されるだろう、と少年のように笑ってくれたのだ。


ここではレイチェルが望まない限り、食事も、入浴も、睡眠さえ必要ない。疲労も感じない。

レイチェルは、ずっと、ずっと、刺繍をしている。

竜人の国に来て、一体どれだけの時間が流れたのか、レイチェルにはもう想像もつかない。


テオは、自身が人生をかけて研究してきた竜人と竜人の国での生活は幸福らしい。

時々ギーに何かを聞きながら、ゾイドとは違った方向で元々竜人の先祖返りが強いらしいテオは、自らの身を竜に変える事こそまだできかねているが、様々な竜人達と議論を交わしたり、師事をして、疑問や研究の証明ができて、幸福そのものだ。


この国では、竜人は男の姿も女の姿も、好きに変化できる事が、テオの心に幸いしたらしい。美しい竜人の女性たちに囲まれても、テオはにこやかに、魔術の話をして、つい先日まで、女性に触れられて叫び声を上げていた頃のテオが、嘘のようだ。


レイチェルも、気分転換したい時は、時々竜人達と、テオの会話に入る。皆、優しい人々ばかりだ。


(ここは、本当に心地がいいわ。)


誰もが暖かくレイチェルを迎えてくれて、そっとしておいてくれる。

ここでは、地味な見かけも意味をなさない。コルセットもいらない。食事すら必要ない。ここは、心の赴くままに、全てが叶う。


(。。でも。。)


レイチェルは、この理想郷とも言うべき美しい場所で、何ものぞむ事はない。

何も望むことなく、夢のような,刺繍とだけ向き合う時間を過ごしているのに、何か、何かがレイチェルを切ない気持ちにしていた。


(。。。どうして心が虚しいのかしら。)


そんなレイチェルの隣で、テオは、幸せそうに笑う。


「レイチェル、私は、ようやく私が受け入れられる場所が見つかったよ。」


テオは、その日にあった出来事を聞いてもらいに、レイチェルの横に座って、お茶を楽しんでいる。


今日はあんな事をした、どんな魔術を教えてもらった、どれだけ竜化の練習が進んでいるか。

テオは、レイチェルになら、どんな事でも話せたし、そもそもこの国は、心と言葉は同じものだ。

言葉を発する事に問題があったはずのテオは、レイチェルも驚くほど、饒舌に、日がなレイチェルに話を聞いてもらって、満足そうだ。


「よろしかったですわね、テオ様。」


レイチェルは、そもそも最初から、本心からしか言葉を発しないので、テオは安心して、レイチェルの隣で、思う存分、話すことができるのだ。

この国では、心で考えたことが言葉になる。

レイチェルの言葉は、下界でも、竜人の国でも、いつもと変わらない。

今も、昔もレイチェルは心が優しい。

テオの幸せを、裏表のない心そのままで、レイチェルが喜んでいるのを見るのにつけて、テオの傷ついた、繊細な心は洗われてゆく。


ここには、テオを傷つけるものも、テオを笑うものもいない。

そのままのテオの幸せを心から望んでくれる娘と、テオの人生をかけた竜人と、竜の国の研究の答え合わせと、新しい発見に胸を躍らせる毎日だ。


テオの言葉がやがてなくなって、二人はただ静かな時を、ただ過ごしていた。

レイチェルは針を進め、テオはその針の動きを、心を空にして、見つめているだけ。


(心地いい。。)


言葉は、いらないし、必要はない。

二人の間に、何もない。テオは、そんな時間が永遠に続く事を願う。


どのくらいの時が経っただろう。優しい風が、ふと二人の間を吹き抜けて行った。


「やあ、二人とも。今日も元気そうだね。」


「ギー!」

「ギー様!」


ギーは、ゆっくりと二人の間に、音もなくどこからともなく現れた。

地に着くほどの美しい銀の髪が風に流されて、銀の川のように、美しい。


「ギー、何から何までありがとう。私はとても、幸せだ。」


テオは満足そうに、そう呟いた。


ギーはうなずき、そしてレイチェルに話しかける。


「レイチェル、君はどう? 君は幸せ?」


レイチェルは、幸せだと、そう思った。

ここには、レイチェルを悲しませるものも、苦しませるものも、何もない。望みは全て叶う。


毎日飽きるまで、刺繍に取り組んで、そして気が向けば優しい人々と少し話をして、そして気が向けばお昼寝をして、気が向けば、食事をする。

レイチェルも、自身の姿を変えてみたことがある。ガートルードのような月光の姫のような姿や、砂漠で出会った後宮の美女達のような姿になってみたこともある。

ここではどんな姿も自由だ。

だが、姿を変えたレイチェルに、テオは変な顔をして、いつものレイチェルの方が素敵だ、と言ってくれた。それからはもう姿を変えたりはしない。


(。。。でも)


レイチェルの心が、言葉を紡いだ。


「ギー様、私、この刺繍が完成したら、下界におろしていただきたいの。」

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