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「ここではね、全ての願いは叶うんだよ。苦しみも悲しみも、下界にだけしかないものだ。レイチェルも、テオも、何かを願ってごらん。つまらない事だと、君の心が思っていても、この場所には、誰も君を裁くものはいない。君たちと、私だけだ。」
地面すれすれまで長い、その絹糸のように美しい髪を翻して、ギーは、まるで神話に出てくる、預言者のようだ。
(ここには、ギー様と、私たちだけ。。)
ふと、レイチェルは思い立つ。この黄金の宮殿には、この美しい人以外、誰もいない。だと言うのに、花は咲き乱れ、宮殿にはチリ一つ落ちていない、完璧な美しい姿だ。
「。。他のお方たちはどこに。。?」
レイチェルは、おずおずと、そして当然の質問をする。
「君が望むなら、ここに。幾万の竜人が、君の友となろう。でも、君はまだ、引きこもって、私たちとだけ過ごす事を望んでいるんだね。」
ギーはそう微笑むと、パチリ、と一瞬だけ大勢の、レイチェルを取り囲む竜人を出現させると、次の瞬間、一瞬で消滅した。
そう言う場所であると、竜人の研究者として知っていたテオは、素直にええと、と子供のような顔をすると、目の前に金の光が満ち溢れ、テオの大好きな、硬めのゆで卵が幾層も塔のようにそびたつ。
(これが、竜人の国。。。)
レイチェルは、その空までそびえ立つような、ゆで卵の塔に言葉が出ない。
「。。一度でいいから、ゆで卵の塔を作ってみたかったんだ。。」
テオははにかみながらも、ゆで卵を一つ、優雅にレイチェルに手渡す。
(本当に、子供のように素直な方ね。。)
おそらく一般的には、金銀財宝の海を出現させたり、無限の力を誇る魔法を発動させたりと言った場面であるだろうに、この少年のようなテオは、ゆで卵の塔を望んだ。レイチェルも、ギーも、誰もここにはそんなテオを笑ったりするものはいない。
テオは、とても幸せだった。
ギーは、微笑みを浮かべると、次はその優しい眼差しをレイチェルにむけた。
「レイチェル、君は何を望む?銀の砂で満ちる黄金の海か?燃えるルビーでできた小鳥に歌ってもらうかい?」
「えっと、私は。。。」
レイチェルの望みは、今も、昔も、そしてこれからも、何一つ変わらない。
少し目を閉じて、レイチェルは祈りを捧げた。次の瞬間、光を放ってレイチェルの目の前に現れたのは、色糸の海。針の山。そして、少し大きめのチョコレートの箱。
「。。私、一度でいいから、時間を気にせずに刺繍をしてみたかったのですのよ」
レイチェルは、本当に嬉しそうに色糸を手に取ると、いつの間にか現れていた大きな絹の布を手に取って、満面の笑顔で、そしてチョコレートを2つ箱から取り出すと、一気に口に放り込んだ。
この国では、2つチョコレートを口にしても、決してレイチェルは太ることはないだろうから。
ギーは、さもおかしそうに笑うと、
「レイチェルは、とても不思議なんだね。君が望めば、目の前に完成した刺繍が現れると言うのに、わざわざ自分の手で刺したいんだね。まるで君たちの始祖の、母君のようだね。あの刺繍の作者だよ。」
そうおかしげに言った。
レイチェルは、ギーの言葉をぼんやりと聞きながら、目の前にいつの間にか現れていた、大きな大きな絹の布に、もう夢中で色糸をあてがっている。レイチェルは、もう刺したい刺繍があるのだ。
散々ゆで卵の塔を味わい尽くしたテオは、次はギーに習って、その姿を龍に変える試みの最中だ。
中々苦戦している様子だ。
ギーは笑って、
「テオ、龍になるのではないよ。君が最初から龍である事を知るだけだ。」
そうテオに告げると、何度目になるだろうか、美しい竜の姿に自身を変えて、テオを空に誘う。
「ギー、そうはいっても私は竜になったことがないんだ。。竜に憧れ、竜人に恋焦がれていた私は、まさか、想像上でも、竜になったことが、ないんだ。。」
「下界は不便な場所だね。思いがそのまま言葉にも形にならないなんて、とても不便だね。」
驚いたように、ギーはテオを慰める。
「ここでは心が言葉になる。願いが形になる。私はこの姿が好きだから、この姿をとっているが、姿を変えることも息をするほどに容易だ。」
そうして、ギーは瞬くと、今度はその姿を、みたこともないような麗しい、はかなげな美女の姿に変えた。
そして指をもう一つ鳴らすと、今度は、レイチェルとテオは、黄金の光を放つ、花畑の中にいた。
「欲しいものも、行きたい場所も、何もかも君の心のままだ。ああレイチェル、そしてテオ、君たちはずっと自分の心の中に、引きこもっていたんだね、たくさんの心ない声に傷付けられてきたんだね。もう大丈夫だ。ここには何も、君を傷つけるものはいない。ここにいるだけで、君は心の赴くままの場所に行ける。ここは、君たちの全ての願いが叶う。」




