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クスクスと、小さな主人に命令されて、、ゾイドは嬉しそうだ。
「御心のままに。我が姫君。」
ゾイドは、そのアストリア随一の魔力で、レイチェルの周辺に、崩壊防止、魔力の漏洩防止の堅牢な結界を、最強の強度で紡ぎ出す。
レイチェルはその美しい魔術でできた檻の中で、銀に光る糸を取り出した。
。。メリルの糸だ。
ゾイドは、檻の中で刺繍に向かうレイチェルを、恍惚とした表情で見つめて、ブツブツと独り言を呟く。息は上がり、頬は紅潮する。
「私の魔力で、レイチェルの全てを包み込んでいる。。ああ、まるで私は魔王になった気分だ。麗しい姫君を捉えて、2度と私の魔力で作った檻から出さない。。この中の世界は、レイチェルと、私だけだ。。」
うっとりと、この男は夢を見ているように呟く。
「このままがんじがらめにして、私以外何も見えなくしてしまいたい。。。私の魔力の中に、堕としてしまいたい。。」
(ギエエエ!!、変態だ。。兄上は、変態だ。。)
テオはドン引きだ!
己の変人っぷりなど棚に上げて、今まで知らなかった兄の変態性に、一丁前におののいてみる。よく見れば、なんだか魔力がいつもの刺すようなものではなく、絡みつくような、粘性のあるものだ。
そんなテオをゾイドは一瞥すると、フン、と鼻で笑い、
「まだまだ青いな、テオ。お前にも愛するお人ができたら、そのうち、魔術師の醍醐味を教えてやる。いいか、そもそも。。」
レイチェルはこの麗しい変態の作り出した結界の中で、静かに刺繍と向き合う。外の音は何も聞こえない。
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久しぶりの、ゾイドの、魔術師としての「教育的指導」を受けて、テオが息も絶え絶えになっている頃。
白鳥城では、セリーヌがジークの晩餐の相手を務めていた。
ウィルヘルムは、明後日には帰城する。それまで雷雲は、白鳥城を包むだろう。招かざる客は、飲ませてさっさと寝かせる事だ。
「殿下、お気に召しまして。ここのマスは有名なんですのよ。魔女達も、月の出る夜にはわざわざ湖までやってきますわ。」
豪華な食卓に、次々と名高いリンデンバーグ領の名物料理が運ばれる。
セリーヌは一流の貴婦人としてのもてなしを発揮して、領地で取れる、口当たりは良いが度数の高いリンゴの酒を、次々と上手に勧め、あまり酒の強くないローランドは、もう真っ赤だ。
実際あまり漁獲高は多くないのだが、リンデンバーグのマスは、高級魚として知られ、格の高い夜会には必ずこの地のマスの燻製が登場するのだ。
ジークも晩餐を十分に満喫し、セリーヌが少し気を緩めてデザートの用意をさせ始めた、その頃。
「発動しているな。。これはゾイドだな。」
和やかな晩餐の中、唐突にジークは呟いた。
ビクリ、とセリーヌが反応する。
ジークは、悠々と、魔法伯家の晩餐を楽しみ、古樽のリンゴ酒も何本も空にしつつも、ずっと、ゾイドとテオの魔力を探っていたのだ。
先ほど、ゾイドの魔力の発動が確認された。
わかりづらいが、何かしらの結界だ。
この城は非常に入り組んだ、複雑な魔術の仕掛けが、幾世代にもわたり、あちこちに施されている。
この城での魔力の追跡は、構造上非常に難しい作りとなっている上に、夫人が魔力を攪拌するような雷雲を上空に呼び起こしている。魔力の発動場所の特定は、王族のジークを持ってしてでも不可能だ。
「ホホホ、城の中におりましたのね。夕食には戻らないとは言っておりましたけれど、何をしていることやら。」
ね、マーガレットちゃん。
そう言って、セリーヌは、マーガレットちゃんにマスの目玉を与えた。
キシャ!とおそらく喜んでいるのだろう、鬼のような顔つきで、メリメリとマーガレットちゃんは目玉に食らいつく。
「。。察しはついているのだろう、セリーヌ夫人。」
ジークは、ゆらり、と銀の糸をマーガレットちゃんに向かって投げてよこす。
目玉に食らいついていたマーガレットちゃんは、今度は銀の糸にひっくり返って怯えて、目玉を引きずってソファの下に隠れてしまった。
セリーヌ夫人は糸を一瞥すると、
「ホホホ、なんの事やら。テオちゃんに素敵な恋人がいるって知ったのも、このお城に連れて帰ってくる、前の週にやっと知ったのですわよ。母親は、息子達には何にも教えてもらえない、寂しい生き物なんですのよ。」
マーガレットちゃんほどの魔獣が怯える物など、限られている。
先にジークが投げた銀の糸は、ゾイドが出立前に、セリーヌに見せたものと同じものだ。
セリーヌは、得意のゆるふわモードで、ジークをいなそうと、しらばっくれたが。
((。。ん?))
ジークも、ローランドも、顔を見合わせて変な表情をする。
ローランドは、遠慮がちに口を開いた。
「セリーヌ夫人。。あの、レイチェルは、ゾイド様の。。」
「あら、ローリーちゃんまでそんな事を言って。テオちゃんが、あんな目で見つめる女の子が、恋人でないわけはないわ!」
ちなみに、ローランドは、仲間内や近い家族の間ではローリーと呼ばれている。ローランドの母親とは古い付き合いのあるセリーヌにとっては、この大変有能な第二王子の近衛でさえも、ただの泣き虫・ローリーちゃんなのだ。
ローリーちゃんと呼ばれて、一瞬怯んだが、夫人の勘違いを正そうとローランドが(この名前で呼ばれるのは非常にいやらしい)もう一度口を開こうとした、その時だ。
「それにね、お母様、見てしまったのよ。レイチェルちゃんの忘れて行ったショールを、こう、ギュッと抱きしめて、顔を埋めて、匂いを堪能してるテオちゃんを!」
ああ、愛ねえ、若いっていいわね、もどかしいわあ、とセリーヌ夫人はフルフルと体を揺すって、実にご機嫌だ。
ローリーちゃんも、ジークも、氷の魔術に当てられたかのように、固まってしまって何も言えない。
(絶対に、母親に見られたら、爆死してしまう案件だったよな。。)
(殿下、我々は聞かなかったことにしましょう。。)
(男の情けだ。。ゾイドには絶対に。。絶対に。。聞かせるなよ。死人が出るぞ。。。)
(変態だ。。。)
(いや、ど変態。。)
(夫人は天然を装っているが、やはり、天然を装った天然。。。か。。?)
(。。夫人、思い込みが激しいんです。。テオの母上ですから。。)
ジークとローリーちゃんの間で、読心術で、素早い会話が繰り広げられる。
さあさあ、デザートを用意させましょうね、と鼻歌まじりの上機嫌で夫人は席を立った。
(。。。。)
(。。。。)
二人の間に、もう言葉はなかった。




