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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
白鳥城

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「ちょ、ちょっと大丈夫なの、テオ様。。」


「ん?ああ、宝物殿は、リンデンバーグの血でないと開かない設定になってるので、問題ありません。あれは血が余っているので、全体の半分くらい出血させても問題ないでしょう。」


血。

先にそう聞いてはいたが、実際の血液だとは思っても見ていなかったレイチェルは、見ているだけで気を失いそうだ。


涼しい顔をして、どこからどう見ても頸動脈を掻っ切って大量出血をしているテオをほったらかして、ゾイドは、そんな事より、貴女の遠乗りの格好を拝見するのは初めてですね、そんな姿もとても可愛いです、と後ろから回ってずっとレイチェルを抱きすくめて、つむじやら頬やらに口づけの雨を降らしている。


「テオ様、死んじゃうんじゃ。。」


レイチェルは気が気でない。


「あの程度で死ぬようなヤワな作りではありませんよ。」


久しぶりにレイチェルを独り占めできて、嬉しさを隠しきれないゾイドは、出血多量で真っ青な顔をしているテオなどどうでも良いらしく、大変ご機嫌にレイチェルににまとわりついて離れない。


宝物殿は、地下倉庫から何やら広い迷路を通って、迷路を抜けた先にある、大きな扉の鍵を開けたその先にある。

古い真鍮と赤い木でできた、入り口の扉は、魔法陣が掘り込まれてある。

この扉そのものに、リンデンバーグ家の血を、魔法陣に吸わせて鍵にすると言う物凄い作りだ。


滅多な用事がない限りは、宝物殿まで遊びには行かないとゾイドが言っていた理由が、この青い顔のテオを見て、レイチェルは嫌ほど理解した気がする。


「あ、兄上、ひひひ開いた?」


「まだだテオ。あとしばらく出血していろ。」


実際はもうすぐ開くのだが、ゾイドはレイチェルがおろおろして気がそぞろになっている間に、ちゃっかりレイチェルの爪を噛んだり、耳を触ってみたりして、やりたい放題だ。

この男、レイチェル絡みだと、8歳くらいの精神年齢に退行する。


テオがポタポタと作る血溜まりの血を扉は吸い取って、やがて魔法陣は薄く黄色い光を放つ。


テオが立っているのも辛そうになったあたりで、ようやく、魔法陣は明るく輝きだし、キイ、と小さく扉の開く音がした。


真っ青な顔のテオは、小さく呟いた。


「あ、開いた。。さあ、中に、レイチェル。。。」


/////////////////////////


その頃。


「あらー、ご機嫌麗しく、殿下。前触れもなく、どうなさったのでございましょう。ご連絡をいただいておりましたら、少しはマシなおもてなしができましたのに。」


オホホホホ、とセリーヌ夫人は、表面上は、人懐っこい笑顔を作って、貴賓室に、ある大変な貴人を迎えていた。


城の裏側では、上に下にの大騒ぎだ。


三人が去ったその午後。白鳥城の堅牢な結界が、いきなり破壊され、正面の門から、堂々と侵入者が現れたのだ。


「夫人は変わらず美しいな。」


突然の訪問にも関わらず、非礼を詫びることもなく、優雅に、さも当然のごとくこの城の女主人である貴婦人の最上級のもてなしを受ける男は、この国で最も高貴な人間の一人だ。


「直属の部下が二人も休暇で寂しくなってね。国内の視察も長く怠っている事だし、良い機会だと思ってね。視察がてら、少し顔を見に来た。」


ニヤリと、ジークは城を取り囲む雷雲に目をやる。


(夫人の呼んだ雷雲だな。。魔力攪拌の目的以外に、ないな。。。)


「うふふ、殿下、子供たちは皆、遠出してしまいましたわ。あの子たちは一度遊びに行くと、いつ戻ってくるか分かりかねますの。殿下がご逗留されている間に、戻ってくると良いのですけれど。。」


セリーヌは、怯えるマーガレットちゃんを優雅にあやしながら、微笑みをたやさずに、それでも言外に、子供に会わせる気がない事を、伝える。


ジークの後ろに静かに控えるローランドは、窓の外に飛び立つ緊急連絡用の魔術が発動したのを確認した。方角から見て、ウィルヘルム魔法伯への応援の連絡で、間違いない。


「あれは、夫人の魔術だね。実に美しい。」


ジークは、雷雲を指差して、そう夫人に呟いた。


うふふ、と穏やかな微笑みを崩さないのは、さすが伊達に、長年魔法伯夫人として領地を守ってきた訳ではなさそうだ。おそらくは、ジークが何を言わんとしているかは、しっかりと伝わっているはずだ。


「うふふ。たまにはこうして、魔力を放出しないと、美容に宜しくないのですよ。殿下。」


うふふ。うふふ。


(ふん。。さすがと言うべきか、魔女と言うべきか。。)


ジークは、ゆるふわご婦人などと言う外面にごまかされるほど無能ではない。セリーヌは、前魔法伯に、是非にと乞われて、このリンデンバーグ家に嫁いできたほどの魔力を誇る女だ。


ギラリと光る美しい空色の瞳を、ジークはツカツカと、セリーヌに近づいて、胸元で怯え切っている、マーガレットちゃんをあやしながら、口を開いた。


「魔法伯夫人。その胸に抱えている子は、特定違法魔獣だね。軍事用に所有するにも、許可が必要なはず。。。許可は、とっているのか?」


今までフワフワした笑顔を浮かべてジークをいなしていた、セリーヌの顔色が、さっと変わった。

マーガレットちゃんは、一見ネコにしか見えないが、実際は、絶滅危惧種の、魔獣だ。その牙には強い毒があり、太古の昔には、貴婦人の暗殺に利用された、古代種だ。

ジークが問題にすれば、この魔法伯家の処分は、免れない。


ジークは愉快そうに、しかし決定事項として、こう言った。


「戻るまで、いつまででもここで待たせてもらうよ。何せゾイドとは、積もる話もあるのでね。」




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