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幸せそうに本に囲まれるレイチェルを片目で捉える。
まさか、がまさかでなかった事だけを確認した。
ローランドがギムナジウムの学生だった頃からあったあの小山。小山の主は、レイチェルだったのだ。
そのままローランドは資料を返却して、資料館を立ち去る。
ローランドには十分だった。
(彼女は、ただ魔術を心から愛しているのだ。)
確信以外のなにもなかった。
何を情報を集めている人間の表情というより、うっとりと物語の世界にいるレイチェルの手元にある本は、3冊だった。
モン国の農業用の害虫対策の魔法陣集の300年前のもの、そしてモン古語とアストリア語対訳辞典。それからモンの地図。
古い外国の害虫対策の本を、古語辞典まで引っ張り出してうっとり眺めている様な令嬢に、どんな企みができるというのだ。
(それにしても)
愛馬を王宮にゆっくりと向かわせる。
馬は小さく嘶くと、いつもより遅い足取りで王宮に進んだ。今日はとても気持ちが良い日だ。ゆっくり帰ろうと馬も思っているのだ。
(せめて神話の恋物語くらい読んでてほしかったな。。)
害虫対策本を読んでいた、と報告書に書くのだ。ジークは爆笑するだろうが、うら若い令嬢の裏報告書の内容としては、恥ずかしいものではないかなと、少しレイチェルを気の毒に思ったりもする。
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アストリア王国は隣国のフォート・リー国との緊張状態にいる。川を隔てた両国の間の争いは、女神の聖地、ルーズベルトの地を巡る歴史的な争いである。長年膠着状態にあった両国であるが、近年フォート・リーの王権にクーデターが起こり、王兄が血ぬれた王位に着いた。新王はその地位を確固たるものとするため、その王位の正当性を内外に示すため、聖地の奪還を宣言したのだ。
王立植物園に植え付けられた毒草、ルーズベルトの遺跡地からみつかった呪いの魔法陣、両国を繋ぐ定期船であった小競り合い、アストリア国内有力貴族の不自然な動き。今年の王都のデビュタントは襲撃への最大の警戒がされていた。
不穏な動きは徹底的に調べる。
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ジーク王子は「影」からの報告をうけとる。
ジーン子爵家の洗い出しだ。
ゾイドの報告書もローランドの報告書も爆笑ものではあったが、疑惑を払拭するような要素はない。むしろ疑惑は深まるばかりだ。
どこをどう見ても健全、地味、安定経営の子爵家。何一つ気になる報告はなかった。売り上げは毎年ささやかに右肩あがり。国の役所で扱う紙類の製造だ。どこにつながりがあってもなくても、特に財政に関係ない。上の娘の嫁ぎ先の商会の、そう多くはないフォート・リーの取引は、ブルーベリーと調味料のみだ。売り上げの1割に満たない小口の取引。
ローランドから報告のあったレイチェル嬢が熱心に読んでいたモンの農業特産品はほうれん草。王都でも安価に生産できるため、輸入はない。うら若い娘の読書の趣味としては相当渋いが、害は報告書を読んだルイスが爆笑でしばらく使い物にならなかったくらいで、実害は無さそうだ。
だが「影」の報告書の最後のページが気になる。
部下の婚約者となった令嬢、その人となりだ。
レイチェル・ジーン令嬢。
社交界での気になる噂は、父、娘ともほぼない。
父は高血圧ぎみ。
令嬢の社交界での交友関係は、ほぼなし。
特記されるべき功績、なし。
手芸が趣味で、日中ほぼ魔法史資料館に出入りしており、交際している異性は今までいないらしい。
好物はチョコレートで箱半分は食べられる。
魔力は無し。茶髪茶目、そばかす。
最近の一番の子爵領の出費は、20年ぶりの屋敷のカーテンの交換。まとめ買いしたので格安。
貯蓄は並で、ほぼ半分が年利の良い国債。
つまらない報告書の。最後のページにはこうあった。
ページをめくると
令嬢の部屋が、不穏なほどに魔術にみちており、王族への反逆者としての可能性が高い。状況証拠は黒。即刻取り調べを推薦する。
要約するとそんな内容だ。
ゾイドとローランドを調査にはなって、返ってきた報告からは、二人からはただの善良な魔術愛の行き過ぎた令嬢との報告を受けている。ゾイドは相変わらず楽しげに令嬢宅に通っているというし、ローランドはレイチェルの資料館での閲覧履歴を辿っているが、今の所魔術への偏愛しか感じられないとの事。
「会ってみるか。。」
昨年秘密裏にもみ消された、第二王子の暗殺未遂。
あの面白い令嬢が俺の命を狙うフォート・リーからの死神なのか、それともあの能力は女神からの盾なのか。
ニヤリと薄い唇をあげると、心を決める。
「レイチェル・ジーン嬢をよべ」




