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ぼう、っとレイチェルとメリルの姿を目で追いながら、テオは物思いに耽っていた。
テオは話が苦手だ。
頭で考えている事が、うまく言葉になってくれない。言葉を発しようとすると、何か魔術にでもかかっている様に、うまく音になってくれない。
医者にもかかったが、この症状に薬はないという。
テオは女性も大の苦手だ。ゾイドと似た美貌に惹かれて、ギムナジウムに入寮する前の子供の頃は少女達がそれこそ列をなして群がってきたものだ。
話が苦手で、美貌の、恥ずかしがりだったテオを、美しく着飾った、蝶の様に可憐な少女達は連れ回して、人形代わりにしたり、憐んだり、嘲笑ったり、お優しい自分の演出に使ったりと忙しく、お茶会ではただ目の前で疾走する会話の渦に、テオは茫然として時が過ぎるのを、待つしかなかったのだ。
話自体も苦手だが、会話の内容も、度をすぎた竜への関心以外は、何もない。
少女達の好みそうな音楽や、お菓子の話は何も興味がない。
テオの美貌に頬を染めて、愛を語ってきた娘達は、一旦テオが口を開くと、決まって明らかな失望の表情になる。
心の繊細なテオは、内面を否定された気持ちになり傷ついてばかりだった。
男性しか入寮を許されない、ギムナジウムに送ってくれた両親には感謝している。
ギムナジウムでは、いくら竜の話をしても、皆竜が好きなので、問題はない。
話が下手でも、内容さえ興味深ければ、友人には困らない。
美貌に惹かれてくる同級生は、やはり皆無ではないが、それでも屋敷にいた頃とは比べものにもならない。
テオは、前髪を伸ばして、メガネをかける事を覚えた。
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その内、レイチェルもメリルも疲れてしまったのだろう、木陰に入って、どうやら昼寝をしている様子。
テオは近づいていって、計測様の魔道具を取り出す。昼寝の時間を計測するのだ。
心地良さそうに、無防備に昼寝しているレイチェルの寝顔を、まじまじと眺めてみる。
化粧もしていない、本当に地味な顔。
今日もゾイドが選んだらしい、ふんわりとした水色のドレスを身に纏っている。
その華奢な体に、よく似合っている。
堅そうなメリルの尻尾を毛布がわりにして、まるで童話の中の姫君の様だ。
(。。可愛いな)
そう、思ってしまってから、テオは驚愕してしまった。
客観的に、この娘全然美しくはない。
だが、確実に今、テオは、可愛いと思ってしまったのだ。論理的にはあり得ない。
この感情は、全く不合理で、客観性事実に基づくものではない。
(。。なんだ、なんだったんだろう、今の感情。。)
まだドキドキと動機の治まらない胸を押さえて、それから、大して美味かったはずではなかった、だが結論としては心から美味かった先ほどの玉子サンドを思い返す。また是非食べたい。
この娘の周りにいると、心が乱れることばかりだ。
もう一度、レイチェルの寝顔を観察する。
(唇が、さくらんぼみたいだ。。)
テオは、ぼんやり、不思議な気持ちでレイチェルの小さな唇を見つめていた。
心のどこかが、ズキリ、と痛む様な、そしてそこから甘い蜜が溢れる様な、そんな思いがテオの心に去来する。
(この感情。。。)
テオが、心に発生した不思議な感情のその名前を考えていた、その次の瞬間、いきなり氷の矢がどこからともなくテオの目の前をかすめ飛んできた!
「テオ!お前今、私のレイチェルに如何わしいことを考えただろう!」
魔力で直接頭に響いてくるのは、尊敬する兄の高等魔法。こんなところで。
「あ、兄上?? い、一体どこから??」
「塔だ!」
遠くに見える、塔の最上階に、威風堂々たるゾイドが魔道士のマントを翻して、氷の矢を放ったらしいのが見える。
遠見の魔術を使用して、レイチェルをどうやらずっと見ていたらしい。
ゾイドは、第二王子の直属ではあるが、王の直属ではない。
ゾイドでは許可なく中庭に出入りする権利を、有していないのだ。
(れ、レイチェルは、わわわ、私ではなく)
(あ、兄上の監視に、抗議するのが、さ、先だろう。。)




