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砂漠とはだいぶ違う、アストリアの気候に問題なく適応するかや、これまた砂漠とは違う、毎日の餌となる食事の問題やら、メリルをアストリアに迎えるにあたって色々懸念があったのだが、メリルはおおむね、健康で、毎日の計測魔法の結果によると、順調に成長しているらしい。
今は遊び盛り、悪戯盛りのメリルだ。
竜の一隊は苦労しつつも毎日楽しげだ。一人を除いて。
「。。。。鬱陶しい。。」
「れれれレイチェル、わ、私の頭に嘔吐した時、な、なんでもすると、や、約束したではないか。」
メリルと触れ合う時間まで、正確に記録しようと計測魔道具を片手のレイチェルに、思わず本音が漏れるが、テオはどこふく風。
「くっ。。卑怯よ、竜騎士は清廉なお方のみなれるって本に書いていたわ。」
レイチェルが、テオを追い払おうとすると、この兄と同じく頭のよく回転する男、レイチェルの弱みに漬け込んで、グイグイと協力を迫る。
レイチェルも、出会い頭にテオの頭に嘔吐した事は非常に申し訳なく思っているので、いやいやながらも、追っ払うことは、しない。
褒められたことではないが、レイチェルへの付き纏いは、ゾイドも認めている上、屋敷のルードは上機嫌だ。
テオの女嫌いは魔法伯爵家でも大きな問題なのだ。
なんとか言いくるめて、御令嬢とのお茶会に参加させても、お相手の御令嬢はこの病的に話が下手な男とは、半刻も時間が続かない。
それだというのに、テオはレイチェルに朝から晩まで鬱陶しがられながらも一緒の時を過ごし、悪態をつきながらも、レイチェルもこの話の下手な男と、どういうわけか、会話がきちんと成立しているのだ。
ルードが諜報部員を魔法伯爵まで飛ばして、報告を出したほどには、大事件だ。
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「良い子よメリル、今日はお昼は外でいただきましょう!花輪の冠を作ってあげるわ。リウ!外に出してあげるから、扉を開いて下さらない?」
リウが特殊な魔法で錠を開いてようやく扉が開き、中庭に出ることができる。
レイチェル一人では、出してあげられないのが厄介だが、それだけメリルは大切に扱われているという事だ。
中庭に出入りできるのは王族と、そして緑の石の入った腕輪を持つ人員のみ。
メリルにとってこれ以上なく安全な場所だ。
今日は非常に良い天気だ。
中庭はこの季節に咲く色とりどりの花々でとても美しい。
メリルは花が好物だ。
この中庭の持ち主である王は、メリルの好きなだけ、好きな花を食べさせてやる様にと、わざわざ竜の一隊に許可を出してくれたのだ。メリルはシャクシャクと好きなだけ甘い香りのする花をはむ。
レイチェルは今日は、中庭でメリルとピクニックすることにした。
人間の習慣をこうして覚えていって、一緒に行動することに慣れると良いと、少しずつ行動範囲を広げている。
そのうち城下町くらいなら散歩させてやりたい、可愛いメリルが街の子供達の人気者になればと、竜の一隊は願っているのだ。
当然の様に、レイチェルとメリルの後を、テオがついてくる。
「やっぱりくるのね。。。じゃあ、はい、これ。」
レイチェルは、ゲンナリとテオの姿を認めると、葡萄とオレンジの詰まったバスケットと、あと屋敷から持ってきたバスケットをちゃっかりとテオに押し付けて、メリルのお気に入りの水辺まで、歩いてゆく。
テオほどの貴人に荷物持ちの様な真似をさせていることに、竜の一隊は白目をむくが、レイチェルは、後ろについてくるのであれば、テオだろうが下男だろうが、当然荷物は半分持ってもらう。
「メリル、ここにしましょう。」
レイチェルは、持ってきていた敷物を広げると、その上に腰掛けて、メリルに葡萄を与え始めた。
メリルは喜んで、葡萄を食べるが、中には酸っぱいものもあるのだろう、時々体を震わせて、子供の様にびっくりするのが可愛い。
(竜、のみ、み、味覚について、研究の価値がありそうだ。。)
テオは筆を走らせて、全てを記録する。
(あ、あの葡萄の種類は、た、確か王宮で出されているものだから。。)
ブツブツと書き込みを続ける。
レイチェルはテオに関しては文句ばかりだが、実際にテオの観察眼は鋭く、また研究内容は非常に学術的価値が高い。研究対象をレイチェルにまで広げられて、レイチェルはたまったものではないが、竜研究者の間で、テオの名を知らぬものはいないほどには、有能な研究者なのだ。
書き込みに集中していたテオの鼻腔を、すん、と良い匂いがかすめていった。
(。。ん?。。)
テオが顔を上げると、目の前には美味そうな、サンドイッチと、大きな笑顔の地味な乙女。
「テオ様、あなたの分よ。」
(。。ええ?)
レイチェルがテオに手渡してきたのは、大きな、玉子だけ入ったサンドイッチだ。
「ゾイド様が、テオ様の好物だっておっしゃってたわ。せっかくだし一緒に食べましょう。今日は天気が良いんですもの。テオ様ったらいつもお食事を忘れて研究に没頭してしまうのでしょう?」
さあさあ、とレイチェルは、敷物の隣をぽんぽんと叩いて、テオを呼んでいた。
。。。テオは、少し現状が理解できなかった。
レイチェルは研究対象だ。
テオが観察することがあっても、研究対象が、テオを観察していたなど。
朝、レイチェルが厨房に立って昼食を詰めていたのは、もちろん知っていた。
貴族の娘が、厨房に立つ事は珍しいので、記録としては、残していたほど。
ああ、あなたが作ってくださった昼食が待っているなど、私はどれほどの果報者か、今日ならどんな大戦が起こっても、負ける気がしないとかなんとか兄が悶絶しながらずっと横に立っていたので、料理の内容は未確認だったし、テオは料理に興味は皆無だ。
(。。私に??)
テオの好物は玉子だ。子供の様なものが好物で、これを知られると笑われるので、屋敷の者以外はほぼ、知らない。テオの、どうでも良い様な、小さな秘密だ。
「れ、レイチェル、わ、私に作ってくれてたのか?」
テオは、心底、びっくりしてしまった。
これだけ毎日嫌がられる事をしているのだ。嫌われて当然だし、それに関しては気にしない。
だが、一応貴族の娘であるレイチェルが、私の子供の様な好物を聞いて、わざわざ作ってくれたというのか?
レイチェルは不思議そうにテオを見て、さも当然そうに言った。
「当たり前じゃない。テオ様、私もゾイド様も、別に玉子は好きでも嫌いでもなくってよ。」
きのうも夜遅くまで研究なさっていたのでしょう?大切な研究なのはわかりますが、少し休まないといけませんよ、とレイチェルは、飲み物を手渡す。
テオは、胸に湧いてくる、なんとも居心地の悪い、くすぐったい様な感情を持て余す。
「た、たた玉子が、好きな事は、よ、よくバカにされる」
言いたかった事はそんな事でななかったのに、真っ赤になってしまってプイ、とテオは背をむけてしまった。
レイチェルののんびりした声が、背中の後ろから聞こえる。
「あら、そうなんですの?好きなものが好きで、なぜいけないのかしらね!」
レイチェルは、それだけ言うと、自分にも作ってきたらしい、玉子のサンドイッチを、咀嚼しだした。あ、美味しいじゃない、さすが伯爵家の玉子は黄身が濃厚よね、と一人でブツブツ満足している様子。
そのうちレイチェルは、オレンジを食んで果汁だらけになったメリルを水辺で洗ってやり、一緒にボールで遊んでやっていた。
(好きなものが好きで、なぜいけないんだ。)
大量の玉子サンドと共に一人残されたテオは、物思いに耽っていた。
ごく普通の玉子サンドだ。
正直、ちょっと塩が足らない、極上とは言い難い、普通のサンド。
だが、テオにはものすごく、旨いと感じた。
それから、ものすごく、ものすごく、嬉しいと思ったのだ。




