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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
テオ、という問題児

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その頃。

メリルの小屋は大騒ぎの真っ只中だった。


「メメメメ、メリル、た、助けてくれ!!」


計測魔術はことごとく弾かれるので、メリルの尻尾周りを手計測で測ろうとした愚かな研究者・テオは、メリルの怒りを買って尻尾でビッタンビッタンと、振り回されていたのだ。竜は大変気位が高い。この場合、竜の意思に反した計測を行おうとした、テオが完全に悪い。


実に頭脳の高いこの竜、壁やら天井すれすれに当たらない様に加減して、絶妙の加減でテオに揺さぶりをかけているのだ。


「いい子だ、私が悪かった、後生だからおろしてくれ、、」


世話役は皆、おろおろと見守るしかない。

何せ子竜とはいえ、砂漠の竜だ。この王都の一つを吹き飛ばすくらい、容易なほど竜は強大な力を持っている。

下手に当事者以外が手を出して、竜の怒りを買えば、大変危険だ。

当事者であるテオも、この貴重な生物に傷をつける事もできないことから魔術を展開して逃れることもできず、揺さぶられるに任せているのだ。

おろおろと、王直属の精鋭の直属部隊が揃いも揃って、ただ成り行きを見守って何もできないでいた頃。


そんな頃合いだ。


「メリルったら!何しているの、悪戯っ子!」


本日はラベンダーの妖精の如き、首までしっかりと詰まった、薄紫の柔らかいシフォンでできた、華やかな軽いデイドレスを纏った地味な乙女が入ってきたのは。


「メリル!早くさっさとテオ様を離して差し上げて!」


レイチェルの一喝で、メリルはしゅん、と耳を下げて、シュルシュルとテオを尻尾から解放して、ぺ、とばかりに投げ捨てた。


「何度も言ったでしょう?お世話の方々に迷惑をかけてはいけないのよ。」


メリルは決まりが悪いのだろう。レイチェルと目を合わさない様に、それでもレイチェルが来てくれて嬉しいのだろう。ずん、ずんとその巨体を左右に揺らせて、今まで構っていたテオなど、まるで最初からいなかったの様に振る舞う。


「メリル、リウが計測魔法をかけますからね。じっとしていて。最後までじっとしていたら、あとで一緒に遊んであげますからね。」


レイチェルの言葉に、嬉しそうにメリルは尻尾をパタパタ子犬の様にふる。


(あの尻尾の一振りで、王城が破壊されるほどの威力が隠されているというのに。。。)


この希少で、そして強大な力をもつ竜は、レイチェルただ一人には完全に服従をする。


世話役の一隊は、王の直属の軍隊の中の、その中でもよりすぐりの精鋭ばかりだ。

竜部隊に属する事は、この国の大勢の少年達の夢だ。

竜という生き物へのロマンは、おそらく生まれる前から、この国の少年たちの心に刻み付けられている類のものなのだろう。

人生全ての情熱を竜部隊へかけてきたこの国1番の精鋭達は、誰一人として、この地味な娘ほどに竜を服従させることはできていない。


一連の出来事を眺めていた騎士たちの、どこからともなくため息が漏れてくる。


大人しくなったメリルに、リウは、計測魔法をかけた。


メリルのアストリア到着時の魔力量、重量、全ては貴重な資料だ。

今後定期的に計測され、今後のアストリア国の竜研究の礎となる、はずだ。


「。。リュ、リュリュリュ竜の母よ。かか感謝する。」


ブスッと、それでも丁寧にテオは、吹き飛ばされた先から、レイチェルに感謝を述べた。

レイチェルは、意外なテオの丁寧さに少し驚く。


「・・・よろしくってよ。それから、私の事はレイチェルとお呼びください。所で正直に答えて、テオ様。一体何をしてメリルにそんなに嫌がられたのです?」


メリルは、気性の激しい砂漠の竜の中でも、素直なタチだ。

何かテオが機嫌を損ねる真似をしない限りは、今日の様なことは起こらなかったはずだ。


「。。手計測で、メリルの形状を測ろうと。計測魔法は嫌がるので、でもどうしても正確な記録をとりたくて。。」


レイチェルは呆れてしまう。

まだ心を許していないテオに、許可もなく、気位の高い竜が体を触られるなど、メリルが大暴れしておかしくない。

ちょっとテオを怪我しない程度に揺すぶるだけで済ませてくれたメリルの、気性がいかに穏やかか証明する出来事だ。


「テオ様!なんて自分勝手な!竜がどういう生き物か、ご存知ないテオ様ではないのでしょう??」


思わず絶叫してしまう。それでなくとも慣れないアストリアに到着したばかりで、メリルは落ち着いていないというのに。

メリルはレイチェルに体を摺り寄せて、そうだそうだと言わんがばかりだ。

メリルはテオの事など眼中にもうない様子で、りんごの詰まったバスケットを持ってきて、レイチェルに口に入れてくれと強請っている。

力は強いが、まだまだ赤ん坊なのだ。


「。。だがせ、せ、正確な数字が、確定要素がなければ、ててててて展開魔術の、魔力総量のけ、け計算式が。。」


ブツブツと、メガネを直しながらテオは口ごもる。

要するに、自分の研究にメリルの数字的な部分の情報が必要らしい。


レイチェルは、美味そうにりんごを食べるメリルを愛おしそうに撫でてやりながら、ガリガリと土の上に、そのあたりにあった棒で魔法陣を書きつける。

食事の後はメリルはお昼寝の時間だ。

発動させたのは、非常に初歩的な、農業用の土魔法。

土の表面が少し耕されて、柔らかくなってお昼寝に心地良さそうになるだけの、子供でも作れる様な簡素なものだ。


レイチェルには魔力はない。

自分で魔力を供給できない分、タダで使える魔力を利用して、小さな生活魔法程度の弱い魔法を発動するのが、レイチェルの魔法だ。


「れれれれ、レイチェル、まさか貴女。。」


心地良さそうな土のベッドの上であくびをしているメリルに、よしよしと布をかぶせてやっているレイチェルを、テオは息をつくことも忘れて、凝視していた。


レイチェルは、メリルが持て余している魔力を、直接ちょっと引き出して、拝借して、ベッドを作ってやったのだ。


テオの研究は、竜の研究。


各国の竜研究者達の間で最新とされている、竜の持つ特殊で膨大な魔力を、転用して人用に用いる魔道具の開発。

テオは計算式構築の専門家だ。

竜の持つ魔力の魔道具への転用は、天文学的な複雑な数字の計算の上、精緻な魔術を掛け合わせた上で、それでも成功率の低い、非常に難解な研究なのだ。

特殊な魔力を扱うことから事故も多く、多くの研究者が大事故に巻き込まれた。


(それが、なんだ。)


目の前の娘は、さも当然の様にメリルから魔力をちょいと引き出して、簡単ながらも魔術を展開している。


(魔力の直接転用だ。。!!!!!)


魔道具を通さず、竜の魔力を直接転用など、テオは文献でも読んだことすらない。背筋に冷たい汗が流れる。


よしよし、お昼寝の後はお風呂に入れてもらいましょうね、テオ様はしっかり叱っておきますね。

メリルに掛ける、レイチェルの優しい声を後ろに、テオは気が遠くなっていくのを感じた。


「テオ!」

「テオ様!!」

「誰か、医者を!」


そんな声が、暗くなる視界の後ろで聞こえた事は、覚えている。


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