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王宮の前広場では、ずらりと近衛兵が式典用の正装で、使節団を出迎えていた。
使節団は皆、揃いの、青いジークの部隊の所属を示す軍服を着用して、団長の到着を待っている。
野外での大掛かりなセレモニーだ。
雲ひとつない青空に、白いメリルが旋回を続けている。
王宮の外では、メリルの姿を一眼見ようと大勢がお祭り騒ぎだ。
「大儀である。」
ジークは使節団に歩み寄り、ひらりと左手を翻して、使節団を労うと、前に歩み出て、王座の足元に、ゾイドと共に膝をついた。
淀みない一連の動作は、さすが生まれついての王族。
ゾイドは魔道士の正装である、黒いローブに細かな黄金の縫い取りのある豪華な装い、ジークは黒い、軍の正装。
この世の光を集めたような、輝かんがばかりの美しい二人の、正装での登場に、どこからともなくため息が漏れる。
金と銀の髪が日の光を受けて、まるで二人は金銀でできた精緻な人形細工のようだ。
壇上の王座には、王と王妃、王妃の胸には誕生したばかりの王女エリザベートが抱かれていた。
次代の、アストリア女王としての運命を担う赤ん坊。
赤ん坊は己に課せられた運命の重さを何も知らずに、すやすやと眠る。
「大儀であった。ジーク、使節団の皆に十分な褒賞を。特にゾイド、お前の功績は聞きしに及んでおる。ケマル・パシャの称号を得て、国に名誉をもたらあせた。深くその功績を感謝する。」
アストリア王は壇上から、よくとおる声で、使節団とゾイドに労う。
「勿体なきお言葉。」
ゾイドは深く頭を垂れた。
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(本っっ当に、かっこいいわね、ゾイド様。。。)
王宮の広場で行われているの華麗な式典の様子を、執務室からレイチェルは眺めていた。
本来なら、レイチェルこそ王直々の言葉を賜る栄誉ある立場のはずだが、レイチェルは堅苦しいのが苦手なので、特に部屋に閉じ込められているこの扱いに文句はない。
それよりも、遠くから眺める己の恋人、いや、夫の麗しい正装姿をぼう、っと心ゆくまで眺める事ができて、満足だ。
レイチェルは、実はまじまじとゾイドの姿を眺めるのは、これが初めてだ。
婚約が成立した頃はそれどころではない緊張だったし、その後の事件続き。
ようやく落ち着いて、レイチェルが改めてゾイドのその美貌に心を奪われていると、すぐにこの無駄に察しの良い男は近づいてきて、ああ貴女に見つめられているうちに雷に打たれて死んでしまいたい、だの、口づけされたり、抱きしめられたり、そのまま抱えられて寝所行きとなったり、ともかく3秒以上ゆっくり落ち着いてその美貌をみせてくれないのだ。
ようやく、遠くからその美麗な姿をゆっくりと見つめることができて、レイチェルは見惚れてしまう。
(いまだに慣れないわ。ともかく、現実味がないのよあの美貌。あんなに完璧に魔道士のローブを着こなすお方なんて、この世にいらっしゃるのかしら。まるでディエムの神人のごとく、本当に完璧な美貌だわ。。)
レイチェルはあまり人の美醜に興味はないが、ゾイドはそんなレイチェルの目から見ても、人外に美しい。
ほう、とレイチェルはしばらく時を忘れてゾイドを見つめていた。
砂漠の法律では、レイチェルは、あの人外に美麗な男の妻なのだ。
(アストリアで、夫婦になれるのは、いつなのかしら。)
テオの頭に思いっきり嘔吐してしまってから、レイチェルはテオにはものすごく嫌われているらしい。
同じ屋敷にいると言うのに、一度もあれから会っていない。
レイチェルの父や姉、ゾイドの父を呼んで証人になってもらえば良いのだが、一度証人をお願いしている手前、なんとか機嫌を直してもらってテオに証人になってもらって結婚しないと、またテオがヘソを曲げそうなので、ゾイドもレイチェルも、困ってしまっているのだ。
何やら外が騒がしくなってきた。
ゾイドが上空を旋回していたメリルを、呼び寄せたらしい。
メリルはゾイドの放った魔力でできた花につられて、ゾイドの隣に、ひらりとその体を留めた。
「。。。この子龍の名は、メリル。ガートランド王国国王、ダリウス一世から、わが王女エリザベート様への誕生祝いです。」
ゾイドの花をうまそうに咀嚼しているメリルは、王の直轄軍である事を示す、白い正装の一隊に引き渡された様子だ。
皆、緑色のタッセルを揺らしている。特殊部隊所属の隊。
レイチェルがテオに思いっきり嘔吐して汚してしまった、例の制服だ。
「。。メリル。彼らがお前の世話役だ。仲良くするように。」
ゾイドの言うことが理解できるのだろう、機嫌よく、ふん、と勢いよく鼻息を吹き出して、前列の若者数人を吹き飛ばすと、隊に連れられて王宮の奥に歩いて行く。
引き渡しの式典は、実に和やかに終了だ。
厩舎の近くに、臨時でメリルの小屋が建てられたので、しばらくメリルはそこに住う。
メリルはそこで、軍の管轄におかれ、非常時に軍事用として利用されるべく、訓練をうけるとの事だが、レイチェルには、竜の母として、特命で協力要請が出ている。
王直属の証である、緑色の石のはまった腕輪を、第二王子直属を示す青い腕輪と一緒につけて、レイチェルの細い腕はじゃらじゃらと重そうである。この腕輪があれば、いつでもメリルに逢いに行けるとか。
「。。くそ、また先を越された。。」
この腕輪はゾイドがつけてくれたのだが、また宝石を先に贈られたことに、ゾイドは苛立ちが隠せない。
そして、この緑の石の入った腕輪は、実はテオも同じものを身につけている。
。。テオは、アストリア国に置いての、メリルの筆頭研究者の任を受けて、氷の国から帰国してきたのだ。




