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テオはゲート正面に、騎士の最敬礼の挨拶の仕草として、跪いて待っている。
寛いで平服でお茶を飲みながら談笑している第二王子と側近達に比べると、テオ一人だけ場違いな白い正装で、まるで王の来訪でも待つかのごとくだ。
「あいつ、砂漠で結婚したって言うし、どんなニヤついた顔してゲートから出てくるか、見ものだな!」
「ははは、そうですね、あの方の今日のお顔をしっかり覚えておいて、あとで絵師に描かせて祝いにしましょうか。」
「今日だけはどんな惚気でも聞いてやらなくてはな。お前らも付き合ってやれよ!」
ルイスもローランドも、ジークも皆楽しげだ。
レイチェルとゾイドの砂漠での結婚は、もちろんジークの元にも伝わっている。転移門が、第一王子からの結婚祝いである事もだ。
だが、外国での婚姻はこの国では無効だ。
神殿で女神の許しを得る儀式が行われるまでは、アストリアの法的には2人はまだ婚約者同士。
アストリアに到着したらすぐに夫婦の誓いの儀式をさせてやるべく、ジークは神殿に、アストリア法に基づいた婚姻をとり行える神殿長と、そして証人として、たまたま王宮にきていたテオが呼ばれていたのだ。
婚約証明書はもう、両家から神殿に提出されているので、後は神殿長の前で二人が誓い、親族が証人になるだけ。
「お!ゲートが開くぞ」
ルイスが叫ぶ。ゲート周りの空間が、グニャグニャと魔力で歪んだ。
一瞬閃光があたりを照し、光の粒子が飛び出してきた。粒子が一つ一つ形になって、懐かしい姿を構築してゆく。
「ゾイド!レイチェル!お帰り。」
ジークが歩み寄って、大切な部下を迎える。
ゲートから出てきたのは、人外の美貌を誇るアストリアの魔道士と、地味極まりない乙女。
ジークは懐かしい友人の無事の帰還に心からの笑顔を向けた。
。。だが、様子がおかしい。
表情の読めない、ゾイドの顔には怒りで青筋がたっているし、ゾイドの腕で幸せに笑っているはずのレイチェルは、明らかに目を回している。
「。。。くそ、あの腹黒王子め。。。」
「ゾイド様、目が、目が回る。。。。!」
ゾイドは怒り狂っているのだろう、アストリアに到着したことにも気がつかず、ブツブツと口の中で何か怨念の言葉を呟いている。
(((あれ???)))
3人は顔を見合わせた。
新婚の2人、イチャイチャしながらゲートを飛び出してくるかと思われていたのに、どうも様子がおかしい。
「せせせせせ聖女様ーーーー!!!ご無事のご帰還をおよ、およ、およ喜び、申し上げますーー!!!」
足元ではテオが、ガバリ、と這いつくばって、神殿中に響くような大声で、挨拶を絶叫した。
「。。ああ、テオか。きててくれたんだな。ありがとう。」
その絶叫で、ようやくゾイドは正気に戻った様子で、いつもの感情の見えない顔に戻ると、
「ただいま、テオ。」
そう言うと、周囲を見渡して、状況を理解したらしい。
「ジーク殿下。ただいま帰還いたしました。」
「大儀であった、ゾイド。そしてレイチェル。」
2人はしっかりと握手を交わした。
「疲れただろう。話は後だ。ゾイド、レイチェル嬢が転移酔いをしている。休憩室を用意しているから、まず休ませなさい。」
「お気遣いに感謝を。」
ジークとゾイドは和やかに2人で話を交わしていたが、急に足元で叫び出したテオに、会話を妨げられる。
「せせせせせせ聖女様!!!!わ、私は、せい、聖女様の、あの、竜、あの、その、テオドアと申します!聖女様!ご、ご到着を!!待って、あの!!』
(目、目が回って、、、グラグラの中に大声で。。。もうダメ。き、気持ち悪い。。。)
レイチェルは乗り物に弱い。
ゾイドは怒りで大分魔力が揺れていて、ただでさえ長い砂漠の道のりからの転移魔法だった所に、耳をつんざく大絶叫だ。
レイチェルは、限界を超えてしまったのだ。
次の瞬間。
ビシャ!!!!
「うわっちゃ。。。。。」
「これは。。」
「あっちゃ・・・・」
声にならない声が神殿にこだます。
神殿にいた全てのものが一斉に目を逸らした。
レイチェルは、機嫌の最高に悪いゾイドの魔力による、荒っぽい長い砂漠の国からの転移魔法ですっかり酔ってしまって。。。
事もあろうに、足元にひれ伏すこの美麗な装いの青年の頭に、すっかりと胃の内容物を全て、嘔吐してしまったので。。あった。。




