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アストリアの女神神殿の奥では、転移門の前で、貴人達が、ゾイドとレイチェルの到着を待ち侘びていた。
情報の統制はあったが、ゾイドの功績、謎の聖女、という扱いで両国合意に至ったレイチェルの功績、メリルの贈呈、転移門の設置、アストリア使節団の功績はこれ以上望めないほどのものだった。ジークは、自らこの功労者を労う為、神殿までやってきた。
「テオ、落ち着け。転移門が開いてからまだ二刻しか経っていない。あと三刻はかかる。」
ルイスは、欠伸混じりに、隣でイライラを隠せていない華奢な青年に声をかける。
何も退屈していたからではない。
この男、砂漠の大国との情報のやり取りと折衝で、何日も寝てはいないのだ。
ルイスが声をかけた青年は、銀の矢のような美しい髪、そして分厚い眼鏡をかけているが、その眼鏡の奥は、獅子の瞳のような、おそらくは金の瞳の青年だ。
場違いにも、白い美麗な軍の祭典用の正装を纏っているが、緑のタッセルが、特殊部隊所属である事を意味している。
この青年、どうも何か様子がおかしい。
「ルイス様、わわわ我が兄が、せ、せ聖女をお連れして帰国するというのです。リンデンバーグ家の者として、落ち着いていられますでしょうか!」
ルイスはローランドと目を合わせて、薄く笑う。
ギムナジウムでこの青年の同級生だったというローランドは、目くばせで、(あいつ、いつもあんな感じなんですよ)と合図した。
心根の優しいローランドは、この様子のおかしい青年にグラスの飲み物を持って近づくと、テオは非常に丁寧なお礼は口にしたが、ローランドの方も見ずに、一気に飲み干した。
「テオ、気持ちはわかるが、レイチェル嬢は本っっ当に地味で普通の令嬢だ。聖女だなんだと興奮してたら、ガッカリするぞ。あの娘、行儀も悪いし。」
ジーク殿下も苦笑いを浮かべて、テオと呼ばれた青年を嗜める。
どうやら皆、この青年の奇行は慣れたものらしい。
ジークはローランドの入れた紅茶をゆっくりと堪能しているが、目は報告書から離れていない。
アストリアが急に砂漠の大国との友好を樹立、王女の後継の後ろ盾となった事は、周辺諸国にも伝わっている。情報統制はかけているが、限界がある。
このところ、周辺諸国でもまことしやかに聖女の発生が噂になっているとか。
砂漠の大国との友好関係の樹立に、聖女が関わっていること、聖女はアストリアの乙女だと言う事。
(レイチェル嬢を守るために、王家が出来ること。。。)
聖女・レイチェルの存在が明らかになれば、確実にレイチェルの周辺はきな臭くなる。
アストリア国の大恩人であるこの若い娘を守る為、ジークは考えをめぐらしている。
「で、でで殿下、そ、そうは仰せでも、父が、あの、お認めで、兄、ええと竜の、竜の母で竜の、竜の。竜。竜。。」
言葉が続かなくなった。
ルイスは、よしよしとこの様子のおかしい青年の背中をさすってやって、代弁してやる。
「ああそうだな、テオ。あの悪夢みたいなリンデンバーグ魔法伯爵に気に入られて、何よりお前の尊敬するゾイドの心を溶かした聖女だ。しかも砂漠の竜の母だろう?お前が興奮するのもわかる。だがな、本当に普通の娘なんだよ。あんまり緊張するな。ビオレッタと本当に、大して変わりはないから。」
。。実際は、ルイスの妹のビオレッタは社交的で、華やかで、ダンスが得意で、そして大変愛らしい。
デビュタントが待ち望まれている次代の社交界の華と、地味令嬢を比べるのは失礼にあたるほどなのだが、このテオという男、そんなわけあるか、と言いたげに、プイ、と背中を見せる。
どうやらルイスの妹とは面識があるようだ。
(これで、ギムナジウム始まって以来の天才というのだから、本当に不思議なもんだな。。)
そうこうしているうちに、ゲートから、ゆっくりと魔力の揺らぎが感じた。
「せせせ聖女様!!」
テオは今日何度目になるだろうか、アタフタとその後ろに寝癖がある美しい銀髪を、前だけ撫でつけなおして、一点の曇りもないその軍靴を磨き直し、ブツブツと口の中で何かを独り言を呟いて、今か今かと、何度も何度もゲートの前を行き来する。
魔力の揺らぎはどんどん強くなり、静かに空間を歪めていく。もうすぐ到着するのだろう。ジークが席を立ち、出迎えの準備を始めた。
(おかしいな。。)
ジークは少し、違和感を感じた。
空間の歪みはゾイドの魔力によるもので間違いがない、だが、なんというか。。荒い。




