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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
結婚、そして

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小さなお別れ会という名の大宴会は、朝まで続く。


篝火の向こうにいるのは、使節団のセス。

東宮の艶やかな侍女達に囲まれてすっかりご満悦だ。

可愛いお嫁さんが欲しかったこの男、砂漠に来てより、すっかり扇情的な砂漠の美女達との逢瀬にハマってしまい、どうやら結婚は遠のきそうだ。

別れを惜しむ美女達に、しっかり連絡先を渡していた。


ちなみに使節団の中で砂漠語が一番上達したのも、この、元さわやか青年、現色男。

彼の砂漠語に女性的なアクセントがついているのは、ご愛嬌といった所か。


///////////////////////////////////////////


ユーセフの子供達も今日は特別に夜更かしだ。

父も、祖父も、そして侍女もレイチェルもいるこの非常に珍しい宴に、子供達は大はしゃぎだ。


それぞれ、可愛い手に手にお菓子を持って、レイチェルに捧げる。

レイチェルが捧げられたお菓子の鉢から、一つだけとって、あとは子供達の取り分になる。砂漠の客人をもてなす際の、可愛い風習だ。


レイチェルの為と、滅多に貰えないお菓子を作って貰った子供達は、大喜びで珍しいお菓子をレイチェルから受け取り、お菓子を手に手に、庭を走り回る。


ユーセフは、大陸語とアストリア語を子供達に学ばすこととした。

この子供らの誰かをアストリアに留学させるから、部屋を空けておけと笑う。


//////////////////////////////////


砂漠のキャラバンに同行したユーセフの兵士に絡んでいるのは、ケマル・パシャこと、困ったレイチェルの夫、ゾイドだ。

砂漠で披露した敗れると知っている愛に挑んだ話が、この男の琴線に触れたらしく、色々と教えを乞いに、酒を片手に弟子入りに来たのだ。


砂漠のケマル・パシャも、愛に関しては大変不器用で、初心者。

愛に勇敢な男の先輩に、素直にただの若い男として、教えを乞う。


「お前は愛に敗れる事が恐ろしくないのか。私はレイチェルに我が愛を拒絶されることを思うだけで、命が潰えてしまうほど、恐ろしい。」


感情の乏しいその人形のような冷たい顔で、本当に素直な心で、ゾイドは呟く。


ダニエル、と言うこの一兵卒は、まだ愛とは何かを知ったばかりの、ゾイドというただの若い男に、こう諭した。


「ゾイド様、愛に敗れる事は、名誉です。愛に挑んだ勇者の証ですから。」


愛の前に、一兵卒もケマル・パシャもない。

この非常に愛に勇敢な男に、ゾイドは兄弟の酒を交わして、勝手に弟子入りを決めたとか。



//////////////////////////////////////////////


夜はゆっくりと更けてゆく。


ユーセフの妻の1人が、楽器を吟じ始めた。

広い砂漠の空に、リュートのような砂漠の音は、よく響く。

ユーセフの子供達がそれに合わせて歌を歌い出し、若い侍女が踊りを踊り、

いつの間にか皆、輪になって、歌い踊っていた。


その時だ。

ゆらり、とじっと宴会の様子を眺めていたダリウス1世が、その席を立って、輪の中心に歩み出た。


何事かと固唾を飲んで皆が見守る中、何と、ゆっくり歌を歌い出したのだ。


辺りは一瞬で静まり返り、楽器を吟じていたユーセフの妻は、真っ青になりながら、震える指で伴奏を続けた。


王が歌を歌うなど、それも人前でなど、前代未聞だ。

考えがわかりかね、宴会場は張り詰めた空気で満ちた。


ダリウスは辺りを気にすることもなく、低く、よくとおる声で、砂漠に古くから伝わる、子を思う母の歌を歌った。


この偉大な王は、一晩中、どのようにしてレイチェルに感謝を示したら良いのか、考えていたのだ。

地位も、名誉も、財産も欲しがるどころか、与えようとしたら不興を買ってしまった、この若い大恩人に。


(私は、1人の砂漠の民として、何ができるだろうか。。)


偉大な王、ダリウス一世はレイチェルに、歌を贈ることにした。

子供の頃、ダリウスは歌が大好きな少年だったのだ。

女々しいとあまり父からは良い顔をされなかったが、母はダリウスが歌うと、とても喜んでくれたのだった。

母のいるハーレムから王宮に住まいを移し、王冠を継ぐ為の教育が始まるころには、人前で歌う事は禁止された。

王冠を戴いてよりは、戦争につぐ戦争の日々を生き抜いてきた。

もう歌を歌う事は、忘れてしまっていた。


だが、今日、急に歌いたくなったのだ。

砂漠の聖女の、旅立ちを彩るために、レイチェルに歌を聞いて欲しくなったのだ。

王としてではなく、ダリウスの心に住む歌が好きだった砂漠の少年が、レイチェルに歌を聞かせてあげたいと、そう言ったのだ。


歌が終わると、レイチェルに向かって頭を垂れた。


「ありがとう、ダリウス様。とても素敵な歌声ね!最高の贈り物だったわ。」


レイチェルはパチパチと拍手をして、にっこりと、大きな笑顔でそう、ダリウスに言った。


レイチェルには伝わったのだ。


「またいつか遊びにきたら、また私に歌ってくださる?」


ダリウスは、遠い母の顔を思い出した。

ダリウスが歌うと、いつも母はそうやって、また歌って欲しいと言ってくれた。大切な何かが、心の中に戻ってきた気がする。


「おじいちゃま!次は私と歌って頂戴!」

「ずるいぞ!僕が先だ!」

「おじいちゃま、アストリアの歌を教えてあげるわ!!」


気がつくと、ダリウスは、ユーセフの子供達に囲まれて、大変なことになっていた。皆口々に、一緒に歌を歌って欲しいという。


(今まで、孫とこんなに触れ合った事など、なかったな。)


ダリウスは、一人一人の顔をしっかりと確認するように見つめ、そして大きく笑うと、一番小さなアッサーラ姫を膝にだき、そして再び、孫達と歌を歌い始めたのだ。歌に合わせてまた曲は始まり、人々は踊り出し、夜は更けていく。


皆、思い思いの夜を楽しみ、レイチェルはぼんやりとした幸せな気持ちの中で、砂漠の最後の夜を楽しんでいた。

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― 新着の感想 ―
この砂漠の国編のここまで読んで涙が止まりません。 こんな素敵なキャラクターを生み出せる作者様は本当にすごいです。 正直、読み始めて途中まではありきたりな作品かなとも思っており、ハッピーエンド派の自分と…
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