180
「薔薇色の絨毯を敷き詰めたみたいよ!」
レイチェルは砂漠に踊り出す。
いや、砂漠であった場所に踊り出す。見渡す限りの一面は、薄い薔薇色の小さな花が一斉に開花して、薔薇色の永遠の海の様子なのだ。
まさに、一夜の奇跡。
「。。。ああ、砂漠では雨が降った次の日だけ、開花する花がある。恐らくずっと種子の状態で、異常気象を耐えていたのだろう。」
ゾイドも息を飲んで、目の前の光景に心をはせる。
雨の後、たった一日だけ起こる砂漠の奇跡なのだ。
異常気象に見舞われていたこの砂漠には、実に十年ぶりの、奇跡。
レイチェルはそんな話を、実家の隣の魔術史資料館で読んだ事がある。
雨の後の砂漠の、世にも美しい花の咲き乱れた砂漠の、たった一日の奇跡の話。美しい挿絵もついていた。
だが、読むのと見るのと大違いだ。
こんな美しい光景が、世の中にあっただなんて。
レイチェルは、デビュタントからの日々を思い出す。
あの日までのレイチェルは、実家と、隣の資料館を往復して、時々孤児院を訪問するだけの毎日。
それなりに楽しくて、穏やかで心地良い日々は、あのデビュタントの日、この赤い目の貴公子に出会った事で、全てが変わった。
ゾイドに誘われるかの様に、レイチェルの冒険は始まった。
王宮に呼んでもらった。
神殿の乙女にもなった。
フォート・リーにも飛んだ。
海も見た。砂漠も渡った。
そして今、砂漠一面に咲き誇る花の絨毯を、見ている。
そしてレイチェルは、愛を知った。
レイチェルは隣に立つ、悪魔の様に美しい、聞かん坊の、愛しい男を見つめる。
この男との、奇跡の様な出会いがなければ、全て、始まらなかったのだ。
(私、ゾイド様を愛しているわ。)
愛おしい全ての冒険、出会った人々。得難い、日々。
全てはあのデビュタントの日の、奇跡から始まった。レイチェルは、うっとりと、婚約者を見つめる。
この冒険の間、ずっとレイチェルの心の側にいたのは、間違いなく、ゾイドだった。
ゾイドはレイチェルの視線に気がついて、顔を赤くして、居心地が悪そうだ。
レイチェルから、こんなに熱い目線で見つめられるのには、慣れていないのだ。
遠くから竜の咆哮が聞こえる。
子竜が、帰ってきたのだ。
「。。メリル、お前氷山まで飛んだのか。。」
砂漠の氷山にしか咲かない、水晶の様な花を身体中に巻きつけて、メリルはレイチェルの前に降りた。
ここから氷山までは、ラクダで半年の距離だ。
竜の飛行能力については、まだ謎だらけなのだ。
レイチェルは、メリルの体に絡みついている美しい水晶の様な花を一つ一つとってやり、束にした。
そして、とてもいいことを思いついたのだ。
「。。ねえゾイド様。私の婚約の贈り物の、2枚目の絨毯の代わりに、素敵な絨毯がここにあるじゃない。」
「ん?」
「ねえ、ヤザーン様を呼んできて!今すぐに!この絨毯の上で、ゾイド様、結婚しましょう!」




