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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
砂漠の恋人達

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「パシャにおかれましてはご機嫌麗しく。。」


砂漠の挨拶は長舌だ。東館の入り口で、担当の役人が大慌てで挨拶を口上する。


だが、ゾイドはもう意に介さない。挨拶は受けない。ただ、レイチェルに会いたい。役人を素通りして、足を真っ直ぐ進める。


「パシャ!パシャ!」


後ろを様々な役人が追ってくる。

ここで、東館の主に挨拶をして、その副官に挨拶をして、それから宴があるのが、手順だ。

知っている。

だが、王の許可は得てある。

挨拶が欲しいなら、あとでしっかりしてやる。今私は、レイチェルに会いたいのだ。


案内を申し出たのは、ファティマの弟。王宮の宦官だ。兄が東館にいるという。

この男も、ファティマと一緒に砂漠に帰るのだろう。薄ら涙を浮かべて、勝手知ったるごとしの東館のハーレムに案内をした。


東館を抜ける。ひらりと庭に降りた男をおうと、地味な侍女達の居住区にすぐ。たどり着いた。


「レイチェル様は、二階の角の部屋においでです。」


ファティマの弟は恭しく礼をすると、砂漠語で何かを侍女達にいい放ち、そして、レイチェルが住んでいると言う部屋まで、兄に案内を乞った。


ゾイドは、おや、と首を傾げた。兄と紹介を受けたその男に覚えがあったからだ。

アストリア使節団の世話役の、ヤザーンだったのだ。


「。。。ヤザーン。お前は。。」


「パシャにおかれましてはご機嫌麗しく。グフ、グフ」


ヤザーンは、何も言わなかった。

格調の高いアストリア語で、ヤザーンは丁寧に挨拶をした。そしてその目に浮かんだ涙を隠そうとともせず、レイチェルの住むという小さな部屋の前で深く頭を垂れると、


「さあ、レイチェル様がお待ちです。今日は絨毯もおらずに貴方のお越しをお待ちでした。」



//////////////////////////////////////////////


「レイチェル様!お待ちかねのお方ですよ!」


部屋の、薄い扉をヤザーンが開く。

ゾイドはもう待ちかねて、ヤザーンの案内を待たずに部屋に踏み入る。

部屋一面に、砂漠の白い光がいっぱいに入ってきて、ゾイドは一瞬強い光で、目がくらんだ。

赤い目は、光に大変弱いのだ。


次の瞬間。

「ゾイド様!!」

胸に飛び込んできたのは、愛しい、愛しい婚約者。メリルの香りを胸いっぱいに吸い込んで、力の限り抱きしめる。夢にまで見た、愛しい人。


「レイチェル、レイチェル、レイチェル!!!」


ゾイドは喜びでどうにかなりそうだ。夢にまで見た最愛の恋人が、今ここに、腕の中に、その身を任せているのだ。

レイチェルを高く空に掲げると、ゾイドはクルクルと回る。

ゾイドの、表情のわかりにくい、人形の様な無表情な顔は今、満面の笑みに溢れ、エクボが見える。


(あの砂漠の悪魔のようなお方が。。。)


ディノは、とろける様な瞳で恋人を見つめる、目の前の幸せそうな青年が、氷の大魔術を発動し、国ひとつが滅びかねない様な魔法を展開した、砂漠の悪魔と同人物だとは、とても信じられない。


二人は固く抱きしめ合い、見つめ合い、また抱きしめ合って、そして笑いあい、お互いの存在を確かめ合った。

会えなかった時を取り戻す様に、ゾイドはレイチェルの顔を見つめ、唇を重ね、その髪を撫で、とめどなく溢れる愛を、隠そうともしなかった。


「お帰りなさいませ、ゾイド様!」


大きな、大きな笑顔でレイチェルはゾイドを見つめ、笑う。

恋する若い娘の、一番可愛い顔だ。

メリルの小さな花が咲いた様な可憐な美しさに、ゾイドは矢を射られた様に、息ができない。


「。。レイ、君に会いたかった。」


息も絶え絶えに、なんとか言葉にする。


ゾイドの首元にしがみついたレイチェルは、耳元でささやく。


「。。遅いわゾーイ、私寂しかったのよ。」


「レイ。待たせてごめん。早く帰ろう。帰ったら一緒に庭で、七色の綿菓子を食べよう。」


そして、レイチェルのその傷だらけの指に、愛おしそうに口づけを送った。そして気がつく。


「。。。レイ、君はまたこんなものをもらってきたの?」


ゾイドは眉をひそめ、天を仰いだ。

留守中に、また面倒な事が合ったらしい。レイチェルの服の下に隠れている、青い首飾りを思い出す。


レイチェルの小さな指を飾っていたのは、砂漠の秘宝。赤い竜の喉の石。

妖しく光るそれは、独特の竜の目の様な紋様を奥に宿している。

ゾイドも本物を目にするのは、これが初めてだ。


「ああ、ヨルが勝手にはめて行ったのだけど、取れないの。織物の邪魔なので、外してくださる?」


外れる訳がない。


ゾイドの体から、その氷の魔力がだらだらと、漏れ出る。


レイチェルの指にはめられたそれは、砂漠の秘宝を媒体とした、魅了の術式がかかっている指輪だ。

強い魔力で、発動している。術者の魔力、すなわち命が消えない限り、この発動は止まらない。

「石」の乙女には効き目はないが、この術から逃れられる娘など、おそらくジジやガートルードくらいだ。


物理的に破壊すれば良いが、この硬い石を破壊するにはレイチェルの腕が吹き飛ぶほどの衝撃が必要だ。

こんな秘宝を持ち出して、こんな術式を大切なレイチェルに掛けた、ヨルと言う名の男。

おおよそ正体は予想に難くない。


「。。もらっておくといいよ。綺麗じゃないか。」


ゾイドは内心では怒りで大型魔術の2、3は発動させているが、同時に、今はレイチェルにようやく会えた喜びで、どうにかなりそうなのだ。

怒りと喜びで制御が聞かずに漏れ出た魔力で、周囲には冷たい風の渦が発生しているほど。


レイチェルは恋人のジャコウのような匂いと、大きな胸に抱き止められて、強い腕に包まれて、夢心地だ。

うっとりとゾイドの体温を堪能していたその時。

ガバリ、と急に体を起こして、口を尖らせてゾイドに訴えた。大切な事を思い出したのだ。


「ゾイド様!私、私ね、二枚目の絨毯を完成させたの。貴方に受けとって欲しいの!」


そして転がり落ちる様にゾイドの胸から躍り出ると、部屋の角に設置してある、絨毯の織り機から、ずるずると絨毯を引っ張り出してきた。

ようやく織りの部分が完成したばかりらしく、まだ糸がほつれていたり、端の処理が済んでいない。


くすんだ赤い絨毯には、砂漠の赤い七連星が紋様化されたものが織り込まれており、砂漠語での祈祷文が巡らされてある。見事な出来だ。魔力が緩やかに発動しているが、ゾイドも知らない、妙な発動の仕方をしていた。


。。。。一枚目の絨毯は持参金として市場に売り、二枚目の絨毯は、未来の夫への婚約成立時に、贈り物として与えられる。。娘の織る、二枚目の絨毯を受け取った男が、その娘の夫となるのだ。古くからある、砂漠の風習だ。


レイチェルは、その地味な顔に大きな、大きな笑顔を浮かべ、ゾイドの目を真っ直ぐに見て、言った。


「ねえ、ゾイド様、絨毯を受け取って。そして私と結婚してくださる?」


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで我慢しておりましたが、連れて行くと言い始めた頃から「それはレイチェルの首に3つ目の首輪がいつの間にか輝いているフラグ。また同じパターンで後からゾイドがブチギレるようであれば、その時は…
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