169
実にそれから一月の長い帰路をかけて、ゾイドと、ファティマのキャラバンは、王宮にかえってきた。
ファティマの側にはいつも、ディノが、いたわる様に寄り添っていた。
砂漠の道々では、ゾイド一行への狂乱の様な歓迎が続いていた。
砂漠の賢者の生まれ変わり。
砂漠の救世主。
そして、まことしやかに、ゾイドは赤目の悪魔、とも呼ばれていた。
この赤目のアストリア人は、人としては美しすぎ、そして強すぎるのだ。
ゾイド一行が到着した頃、王都では、花吹雪で前も見えないほどの祭り騒ぎだ。
楽団という楽団は総出で音を奏で、女も子供も晴れ着をまとい、ゾイドの帰りを待っていた。
砂漠には珍しい、火薬を使った祝砲もあげられ、恩赦で100人の罪人が牢から放たれ、税は一年の間据置となった
。年明けの祭りと、王の生誕祭が一緒になった様な騒ぎ。砂漠の娯楽は少ないのだ。
誰も本当は、何が砂漠で起こっていたのかは、わからない。
ただ、王妃の夢のお告げで連れてこられたアストリアの氷の大魔術士が、砂漠で大魔法を展開して、異常気象の元となっていた、砂漠の悪魔を討伐した、という話になっている様子。
ゾイドが大魔法を発動してより、空気は澄んで、空は晴れやかだ。
ついぞ見ることのなかった、砂漠の白い鳩が姿を見せる様になる。この鳩は、幸運や平和の象徴だ。こんな爽やかな、甘い空気は、それこそ10年はこの砂漠におとづれていなかった。
ダリウスは、王都の入り口の扉の前で、深く頭を垂れて、ゾイドの帰りを待っていた。この偉大な王が、ゾイドに頭を垂れたのだ。
「。。パシャ。砂漠を救った貴方に、最大の感謝を。」
ダリウスは、深々と頭を下げ、ゾイドを迎えた。
そして王宮内の宴の席に案内されたゾイドは、ダリウスと同じ高さの場所に、その椅子を用意されていた。
砂漠の王が頭を垂れる相手も、王と同じ高さの椅子を用意する相手も、限られている。
ダリウスは、ゾイドを砂漠の偉大な賢者と認め、王と並ぶ尊敬すべき人と認めたのだ。
異常気象の原因となっていた、炎の神の怒りについて、ゾイドは、ダリウスに、こう説明した。
「アッカ、の守護者がその地より消えた事によって、火の神の封印に汚れが生じてしまった事が原因ですよ。かの地の王族が、谷間の神殿を浄化していた事により、砂漠の怒りは、火の神によって封じられていたのです。あの呪いの炎は、人々の負の感情をくらってあれほどまでに肥大していました。しばらくは、砂漠は平和路線を進まないと、また人々の暗い思いを糧にした、黒い炎に呑まれます。」
側に控えていたファティマが、震えて、次のゾイドの言葉を待っている。
ゾイドは続ける。
「偉大な王よ。ファティマは、あの身に偉大な王の子供を宿しています。かの地の王族の娘だというファティマと、貴方の子供はアッカの聖地を総べるにふさわしい、未来の統治者だ。その様な偉大な命を宿している女を、私の寵姫としてアストリアには連れては行けない。ファティマをかの地の神殿の守護者に、その胎の子を、未来の統治者に。」
ファティマと、その従者が一斉にひれ伏す。ダリウス王は、一瞬優しくファティマに目をやる。ふくらみが目立つ様になった、その下腹部を目にしたのだ。
「。。パシャ。いや、ケマル ・パシャ。お言葉の通り、ファティマをアッカの聖地に送ろう。神殿を建て、かの地をファティマに統治させよう。私とファティマとの子が生まれたら、その子が神殿を守る。」
ケマル ・パシャ。
パシャ、の中でも最も偉大とされる称号だ。
王宮中がどよめく。
この称号を持つものは、歴史上でたった2人だけ。ゾイドは、異国人でありながら、歴史上、3人目の名誉を与えられたのだ。
「偉大な賢者、ケマル ・パシャ。感謝します。貴方の望みを口にしてください。私が全霊を持って、お答えしましょう。」
ゾイドは、その表情の読みにくい、悪魔の様な美貌に、ゆっくりと笑みを浮かべると、王に言った。
「では、今すぐ、私の大切な人の元まで。東館の侍女の居住区にいる、私の婚約者、レイチェル・ジーン嬢の元まで、案内を。」




