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ファティマと、男達を背に、蜃気楼の立つ砂漠へと、ゾイドとディノは、歩みを進めた。
ラクダ達は怯えて前に進めない。黒い炎へは、ここから歩いて行く。
ディノは、袂から白い石と、黒い石を取り出して、放り投げた。どうやら’砂漠の真ん中を進む道筋を、砂漠の神に聞き立てている様子だ。
ゾイドにはは、ただ見渡す限りの砂と石、固い草の大地にしか見えない。ディノは何度も何度も石を投げ、どうやら道を決めたらしい。
「。。パシャ。こちらに。」
ディノはマントを翻してゾイドの前を歩む。砂が舞い上がる。
(歩みに、迷いはない。。。)
ゾイドは悟った。
ディノは、死ぬ気だ。
この男は、炎に巻き込まれて死ぬか、ゾイドの展開する大魔術に巻き込まれて死ぬか、いずれにせよ、死ぬつもりなのだ。
一歩一歩、歩みを進めるごとに、肌にビリビリと黒い炎の凄まじい魔力が刺さる。黒い炎は、凄まじい熱気を放ち、一体の大気を歪める。
(歪んだ大気か。。)
ゾイドは、砂漠をおそう異常気象の正体に、おおよその予測がついた。
この炎を凍らせる事ができれば、異常気象は収拾する。その後数百年ほどすれば、竜の子が孵る様になり、おそらく砂漠は元の姿に戻るだろう。
「。。パシャ、どうか我々に、ファティマ様に寛大なお心を。異国人であるパシャを砂漠の問題に巻き込むなど、そもそもあってはならぬ事です。」
ゾイドは、赤い瞳に憂いを湛え、ディノを見据えた。
「。。炎を氷にしたら、私はアストリアに帰らせてもらう。ファティマは、この地に置いて行ける様、ダリウス王と話をしよう。そして、お前の元に返してやる。死ぬ事は許さん。」
ディノは、はっと、ゾイドの感情の読めない顔を見る。
「。。パシャ。なぜ気づかれた。」
「。。私には、愛しい人がいる。お前のファティマを見る目は、私がレイチェルを見る目と同じ目をしている。」
「。。レイチェル様、とおっしゃるのですね。」
「ああ。私の全てだ。」
レイチェルを思い出し、その悪魔の様に美しい顔の口元の、口角をゆっくりとあげた。
(笑っておられる。。。)
ディノは、ゾイドの人外に美しい顔に浮かんだ笑みを見て、ぎょっとした。
そしてしばらく目をつぶって思いをはせ、そしてポツリと、話を始めた。
「ファティマは、私の妻になるはずの女でした。」
ディノは、王の片腕として最も信頼の厚い、「鷹の目」と呼ばれたオアシスの騎馬隊長の隊長だった。
高い魔力とその武力は、谷のオアシスでは並ぶものはいなかった。
王の娘であるファティマに恋をしていたディノは、王にファティマの降嫁を願い、その願いは喜んで、受け入れられたのだ。
頬を染めて、王から婚約の決定を告げられたファティマの、その日の光かがやんがばかりの美しい姿は、この無くなった片目に焼き付けて、いつも昨日の事の様に覚えています。そう、幸せそうにディノは言った。
「ですが、ダリウス王の軍勢の前に、オアシスの騎馬隊など、一蹴の元に駆逐されました。「鷹の目」など、赤子の手を捻る様に。」
ディノは、無くした方の目を撫でて、鼻で己をせせら笑った。
後はファティマが話をした通り。
緑の宝石と言われた美しい故国はダリウスが攻め入って、たったの二月で、人の住むこともできないほどの荒地になり、国は滅びた。
王は殺され、ファティマは召し上げられ。王子二人は命こそ救われたものの、断種されて、宦官として王宮に仕える身として命を長らえる身。
「私は戦いで片目を失いましたが、ファティマの願いにより、他の従者と共に命を救われました。ファティマを召し上げた、故郷を滅した男の、気まぐれの情けにすがって生きているのです。寵姫となった、ファティマの口添えでね!」
ディノは、高く、乾いた笑いをあげた。
だがゾイドには、その笑いは、ディノの慟哭にしか、聞こえなかった。
「パシャ。あれは、ダリウス王を愛しはじめています。憎い、愛しい男の赤子を孕んで、その子の未来の為に、亡き父王も、滅びた祖国も裏切って、砂漠を滅びから救う事を決めた、哀れな女です。そして、私はそんな女の側にいて、何もしてやる事の出来ない無力な男です。」
「。。お前はダリウスの子を産む、ファティマを愛せるのか。」
「パシャ、愛する、愛せないの次元では、もうないのですよ。ファティマと共に、私はどこまでも、砂漠の風が吹く様に、流れて生きて、死んでゆくだけ。ただそれだけなのです。」
「。。ディノ、泥を啜ってでも、這ってでも生きろ。必ずあの女をお前の元に返してやる。砂漠の神の思し召しだと思え。」
黒い炎は、目の前に迫っていた。




