163
洞窟を出ると、屈強なファティマの従者達が、皆ひれ伏せて、ゾイドを待っていた。
「パシャ、どうか砂漠をお救いください!」
「パシャ、未来の我らの子供の為にどうか!」
口々に、白い背中は叫ぶ。この国の男達は非常に誇りが高い。異国人にひれ伏すなど、あってはならぬ事なのだ。
ゾイドは呟いた。
「。。。砂漠の雨を、お前達が生きている間に、目にする事が無いと、知っている上での、事という訳か。。」
一人の若い男が叫んだ。
「それでも!」
。。この男達は、そしてファティマは、砂漠が、滅んだ母国と運命を共にすることを望んでいない。
例えそれが、母国を滅したダリウスを救い、その血を引いた子に砂漠の未来を明け渡す事となっても、だ。
そして、亡き王の意志を違える事となっても、だ。
誇り高い砂漠の民の、神に仕えるこの民族は、砂漠の未来をつなげる事を選んだ。
。。いいだろう。
ゾイドは、心を決めた。
感情のわかりにくいその表情のまま、よくとおるその声で、告げた。
後にファティマは、その時のゾイドの声は、砂漠の神からの天啓のごとくであった、と吟遊詩人に語っている。
「ファティマ。お前達の誇りを、勇気を称える。私が力になろう。怒れる火の神の元まで案内を。」
男達は言葉もなく、拳でその流れ落ちるものを振り払い、一斉にラクダを動かす準備を始めた。ファティマはゾイドの足元に崩れ落ち、肩を震わせ、泣いた。
(砂漠は。。救われる。。)
/////////////////////////////////////////
一心不乱に、取り憑かれた様に絨毯に取り組むレイチェルを前に、ユーセフは、考えていた。
この男は、大人である。そしてこの砂漠の大国の大権力者である。
欲しいものは、力ずくで奪うのが、この男のやり方である。一瞬度肝を抜かれたし、あまりに想定外で、一瞬困ってしまったが、いつものやり方で、手に入れる事にする。
この娘が酷い格好をしていようが、心がヨルの元になかろうが、関係は無い。
ユーセフは、ゆっくりと、口を開いた。
「レイチェル。」
一心不乱に絨毯に向かうレイチェルは、ユーセフの呼びかけに答えない。ユーセフは、気に止めず、続ける。
「レイチェル、私はね、砂漠にいる間、ずっと君の事を考えていたんだ。」
レイチェルは何も聞いていない。糸を変え、ハサミをいれる音だけが響く。
「君の瞳、君の声、君の、メリルの様な香り。。。どれだけ私が、君を欲していたか、苦しいくらいわかったよ。」
「私は君に隣にいて欲しい。君に笑いかけて欲しい。それが私の願いだ。私はどうやら、恋に落ちたらしいよ。」
レイチェルは、ユーセフがそこいる事にも、非常に危険な話をしている事にも、気がついていない様子。ユーセフは、その妖しい美しい顔に、悪い笑みを浮かべて、囁いた。
「レイチェル、君の柔らかい肌に触れたい。君の甘い唇を味わいたい。君を私の下に組み敷きたい。」
ユーセフは、赤い、小さな指輪を手にとると、レイチェルの側まで近づいて、その手を無理やり絨毯から引き離した。酷い手をしている。擦り傷だらけで、針ダコがあちこちにある。
ようやくレイチェルは、ヨルに気がついたらしい。
「ヨル!ちょっと、未婚の女性に触れるなんて、いくらヨルでも、失礼よ!」
そして、レイチェルは、ヨルの顔を見て、愕然とした。
(。。誰、この人。。)
ヨルだと思っていた男は、明らかにヨルでは無い。
この男は、ヨルの姿をした、誰か別人だ。冷たい、そして獰猛な砂漠の野獣の様な目で、レイチェルを見下ろして、その小さな手に、妖しく光る赤い指輪をはめて、男は言った。
「レイチェル、私の名はユーセフ。この国の第一王子。東館の主人だ。君を私の妃に迎える。」




