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「パシャにおかれましてはご機嫌麗しく。私の名はファティマ。砂漠の王国の国王の、25番目の妃でございます。」
そう言って現れた女は、ゾイドの知る限りでも、最も美しい括りになるだろう、たおやかな、水分の多い、そして憂いを帯びた瞳の美しい女だった。
ゾイドの美貌を、その才を、その名声をよく伝え聞いて、首を長くして待っていたらしい。
ファティマのその瞳はうるみ、頬は赤く染まり、ゾイドを誘う様に、ゾイドの体に己の体をそわせた。砂漠の女の扇情的な衣装は、この褐色の肌をもつ女の体の魅力を、十分に引き出す。
(この女がこの面倒の原因か。。)
ゾイドは眉ひとつ動かさずに、美しい寵姫の挨拶をうける。
砂漠の寵姫の美貌も、その扇情的な振る舞いも、ゾイドにすれば、面倒でしかない。
美貌なら鏡に映る自分でまにあっている、せいぜいその美貌は、美しさに飢えた、醜い男達に与える事だ。
ゾイドはただ、早くレイチェルの所に帰りたいのだ。
「早速ですが、話を聞かせてはくださいませんか、美しい人。偉大な王と、美しい貴女の住う、この砂漠の痛みは私の痛みでもあります。一刻も早く力になりたいのです。」
言外に、用件だけさっさと話してくれと言っているのだが、受け取り方によっては王と、寵姫に敬意に最大の敬意を払ったものにも聞こえる。
ファティマは一瞬、自分の美貌に揺るぎもしないパシャに、眉をひそませたが、すぐに向き返って、耽美な笑みを浮かべると、話を始めた。
「夢を見たのでございます。」
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この国では、月蝕の夜の夢は、砂漠の神からの夢だとされる。
年越しに王が見る夢は、アストリアでも神聖視される。
今年の初めにアストリア王が見た夢は、象牙で出来た門から、銀細工の娘が入ってくる夢だった。
ガートルードとジークの婚姻が吉兆である証拠と考えられ、この縁談が結ばれるのは、確実視されている。
ファティマが見た夢は、すぐに夢見にかけられた。
砂漠の向こうからの、銀の髪と赤い目を持つ、賢者とこの寵姫が結ばれれば、この砂漠の未来が約束される事を、夢見の神官達は告げたのだ。
ファティマはそもそも、代々砂漠の神を崇める、砂漠の少数民族の、王族の娘だとか。
ダリウスに国を攻めいられて占領されて、王の娘であったファティマは、召し上げられた。
「今ですか?幸せにしておりますよ。王は私の希望の全てをかなえてくれますもの。」
ゾイドに酒を注ぎながら、ファティマは昔の話をする。
砂漠の男は、女のわがままを叶える事が甲斐性だという。
ファティマは、王に兄と弟の命を乞い、そしてダリウスはその願いをかなえてやった。
二人は命を許されたが、男性のとしての未来までは許されなかった。
今二人は、宦官として、王宮に勤めているという。
父王の首は戦いの際に、撥ねられた。
「・・ですが、砂漠の神の、神樹の森は、焼き払われました。聖なる泉は黒く濁り、私の故郷は、もはや人の住むことのできない、ヒースの生い茂るだけの場所となってしまいました。」
そう悲しげに、少し大袈裟にため息をついた。長いまつ毛がその美しい顔の影となり、大層物憂げだ。
だが、ゾイドには通じない。この妃の、胡散臭さをすぐに嗅ぎ取ったのだ。
「。。ファティマ、貴女は何かを知っている。夢などは、嘘っぱちだ。」
ニヤリとファティマは笑う。さすがだ。
「夢を見たという事にしておいてくださいな、パシャ。」
「何が希望だ。」
「。。パシャ。私は王を愛しているのです。」
父を殺して、愛する母国を乗っ取った偉大な、残酷な砂漠の王、ダリウス。
男としての兄と弟の未来を奪い、だがその命は助けた大恩人。
夜な夜な情熱的な愛を語る、私の恋人。
私の愛する、憎しい男。
「砂漠を救ってください、パシャ。」
「。。知っていることを、全て。話せ。」




