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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
ヨルと、ユーセフ、そして砂漠の星

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包容力のある、大人の男は総じて、女からみて大変魅力的だ。


女の愚痴も、わがままも聞いてやれる包容力のある男。

どんな愚痴でも、くだらない話でも、ただじっと相槌をうって、静かに聞いてやれる男。

それが、外国で、会話に飢えている若い娘にしたら、特に、だ。


髪の毛の寂しい、レイチェルの父、ヘラルド・ジーン子爵もその類の男だ。レイチェルやライラの言いたいことを、そうだね、そうだねとうんうん聞いてやり、二人の望みをいつも、最優先にしてくれる聞き上手な、甘やかし上手な男だった。


そもそも子爵令嬢であるレイチェルが社交もせずに、引きこもりを許されていたのは、この父の考えによるものだ。普通であれば、決して許されない。

(尚、レイチェルの母、レティシアは実は末席ながら伯爵家に連なる家格の娘で、ヘラルドよりも随分若かった事を追記しておく。男の聞き上手は、時に伯爵の爵位に値するほど、女にとって、魅力的なのだ。)


ヨル、こと第一王子ユーセフは、そう言った意味では、非常に魅力的な大人の男だ。

20人近くもいるユーセフのハーレムは、実に平和で、争い事が少ない。ユーセフが、よく、一人一人の妃の話を聞いてやり、わがままを叶えてやるからだ。

それぞれの妃は、自分こそがユーセフにとって特別な妃だと信じており、そして、この男が妃に叶えてやれるわがままは、凄まじい規模だ。

ある時は一つの公国を攻め滅ぼし、ある時はオアシスを新設した。ある時は新しい種類となる宝石を見つけ出し、妃の名前を与えた。


ヨルは、女のわがままを叶えてやるのが、男の甲斐性と考えている。


実に魅力的な、大人の男なのだ。


///////////////////


子供達がヨルを連れてきたその日から、彼はほとんど毎日、なんだかんだでレイチェルの部屋をおとづれていた。


ヨルが来るときは、いつも侍女達は部屋にこもり、侍女長はハーレムに身を寄越すのはなぜだろう、と少しレイチェルは不思議に思っていたが、それよりも本当に、会話に飢えていたので、いつもいそいそお茶を入れて、話を聞いてもらう。



レイチェルは、ヨルに心に思いつく限り、話したいだけの話をした。

何せヨル以外には、きちんと会話ができる人間がいないのだ。

そしてヨルは、いつも飽きもせず喜んでレイチェルの話を聞いてくれた。

侍女長も、アンリ先生も忙しい。ヤザーンは、数にも入らない。


ヨルは、レイチェルに話しをしたいだけ話をさせてやり、時々「へえ」「すごいね」「初めて聞いたよ」と、相槌を打つだけ。


レイチェルは、父親によく甘えていたように、聞き上手のヨルにも、たくさん話を聞いてもらって、ヨルにすっかり心を開いていた。


この男なら、どこまでもわがままを言って、甘えても、父のように受け入れてくれるような、そんな気にさせるのだ。



「ヨル、ねえ、私アストリア風のパンが食べたいの。」


本館の厨房で見つけたら、私にこっそり持ってきて、と甘えた声でレイチェルがヨルにねだる。


何もお願いをしてくれないと、ゾイドが嘆いていたレイチェルが、こんな甘えた声で、可愛いおねだりを男にするなど、ゾイドが知ったら卒倒するだろう。


「。。来週本館に用事があるから、君に特別に持ってきてあげる。侍女達には内緒だよ。それに、何か君の好きな甘いものも一緒に持ってきてあげるよ。何が良いかい?」


「ありがとうヨル!揚げ菓子はもう良いから、次は綺麗な飴玉が欲しいわ。」


「良いよ、中に花の砂糖漬けが入ってるのがあるのを持ってきてあげる。すみれが入っているのが良いんだよね。」


ユーセフはユーセフで、この庭師、ヨルの役が気に入っているのだ。


これはいわばユーセフの遊びだ。


最近はそれらしく見えるように、レイチェルの元に行く前に剪定道具を持参してみたり、服を汚してみたり。

髪に油を入れず、代わりに枯れ葉を髪の中に入れるようにと指示を受けた、ユーセフの侍女は、ユーセフの遊びが気に入ったらしい。

色々と庭師らしい小物を勝手に用意してくれるようになった。


人を疑わないレイチェルは、すっかりユーセフの暇潰しのいいおもちゃだ。


ユーセフが望めば、アストリアのパンどころか、アストリアの国ごとレイチェルに与えることができるだろうに、こうやって、庭師として、なんとも可愛いわがままに付き合って、遊んでいる。

レイチェルの前では、ただの庭師。政治からも駆け引きからも、自由だ。


レイチェルのおねだりなど、本当におねだりに入らないような小さな物だが、繰り返し、繰り返しこうしてこの男に小さなおねだりが叶えられる事によって、レイチェルの心の扉は、少しずつ、そして着実に、この男に心の随分深い所にある扉まで、開いてしまっていた。


レイチェルの心の中で、この男は、安心して良い。と刷り込まれたのだ。


安心。


おそらく他国の空で、言葉も通じない中で一人、心細くしていたこの娘にとって、これ以上欲しいものはなかったのでは、ないだろうか。

ゾイドと一緒にアストリアにいたときですら、いつも何かしら不安だったのでは、ないだろうか。


そんな折、またゾイドから豪奢なメッセージカードが届いた。

中は一文だけ。


「必要な物があれば、直ちに報告する事。貴女に会いたい。」


レイチェルはため息をついた。

愚かなゾイドが本当に言いたかった事は、

(何か欲しいものはないのかい?不便はしていないかい?離れていても貴女の事ばかり考えています。とても寂しい。一刻も早く貴女に会いたい。)

という事だったのだが、伝わるはずもない。


レイチェルは、女の纏う香の香りが立つ、愛しい人からのメッセージに眉をひそめた。


また、ただの生存確認だ。


さっさと返事をかけと、幽霊のようなヤザーンに扉の前でずっと立っていられるのも気持ちが悪いので、適当な紙で、部下として返事を書く。


「何も必要なものはありません。お気遣いに感謝します。」


ヤザーンにメッセージを手渡すと、ヤザーンは、ヌッと、音もなく廊下に消えていった。

ヤザーンの幽霊のような背中を目で追いながら、レイチェルは思う。


私が欲しいものは、全部ヨルに頼むのだもの。ゾイド様。

ヨルには、わがままを言っても良いんだもの。


ヤザーンと入れ替わりに、ヨルがやってきた。いつもお茶の時間に合わせて来るのに、今日は遅い。

ヨルの手には、小さな花があった。

レイチェルが好きだと言った、砂漠では雑草の一つとされていて、価値のない、小さな白い花だ。


今日のような日はヨルに思い切り、わがままを言いたくなる。


「ヨル、いらっしゃるのが遅くってよ。私すっかり待ちくたびれてしまったわ!」


「ごめんね、レイチェル。そうだね、私が悪かったよ。どうか私を許してくれるかい?」


よしよし、とレイチェルの八つ当たりをしっかりと受け止める。

この男は、大人の男なのだ。

若い娘の理不尽な八つ当たりなど、ただ、機嫌の悪い子猫のように可愛いだけ。


レイチェルは、また、らしかならぬわがままを言う。


「ヨル、明日は昼過ぎからでなく、お昼に私の所に来て。私がアストリア風のお昼ご飯を作ってあげる。」


「ごめんレイチェル、明日は朝から忙しいんだ。お茶の時間では遅いかい?」


「いやよヨル、私あなたとアストリアのお昼ご飯が食べたいもの。絶対に、絶対にお昼に遊びに来て!」


しょうがないな、少しだけだよ。

そう言って、ヨルは、手にしていた白い花を、レイチェルの髪に飾ってくれた。


ヨルはいつもそうやって、レイチェルの小さなわがままを聞いてくれるのだ。


多分レイチェルは泣いていたのだと思う。

ヨルは何も聞かないで、レイチェルの目の端に口付けを落とすと、また明日ね、と去っていった。


砂漠の人々は距離感が近いのだ。

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