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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
砂漠からの風

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ガートランドはあまり女性の教育に力を注いでいないらしく、大陸の公用語を話せる侍女は、侍女長しかいない。アストリア語に至っては、侍女どころか、レイチェルの知る限りは、幽霊のようなヤザーンしか話す事はできない。


レイチェルは侍女の居住区から一切出てこない、引きこもりなので、管理役のヤザーンは助かってしまっているが、レイチェルに飛びかかられて変な声をあげてしまったと言う恥があるので、レイチェルと仲良くしようとは思わないらしく、あまり話をしてくれない。


そう言うわけで、レイチェルは日々ちょっとした話ができる相手に、大変困っていたのだが、レイチェルには手芸がある。


この国では、アストリア国とは比べ物にならないくらい、手芸のできる女性への尊敬が高いらしい。

レイチェルのレース編みや、刺繍、アップリケの技術の類は、侍女達の尊敬を即、勝ち取れたのだ。

レイチェルの到着後、ヤザーンを追い出してすぐに、侍女達はレイチェルの荷物を勝手にひっくり返して、(この国の人々は、人のものとか、他人のものとか、そういう垣根が非常に低いらしいと、この時に学んだ。何せ部屋に鍵もないのだ。)あれやこれやと見たことのない刺繍や、精緻な編み物を発見し大喜びだった。


何せ、砂漠の娯楽は少ないのだ!


特に、砂漠の七連星のモチーフのレース編みは、ガートランドの女達の心をグッと掴んだ模様で、レイチェルはすぐに、侍女達から仲間扱いを受けた。

ただ、この星の並びの角度についておかしなところがあるらしい。

何か言っていたが、レイチェルにはよく、わからなかった。


レイチェルの絨毯織りへの尊敬も、侍女達にはすぐに伝わったらしい。

やはり自分達の誇りとする絨毯織りを、手放しで褒めているだろう外国の娘に、悪い気はしないらしい。


レイチェルは侍女達一人一人に、アストリアで流行りの刺繍を施したハンカチやら小物やらを贈ってやり、侍女達は入れ替わり立ち替わり、忙しい中で、レイチェルの初めての絨毯織りに力を貸してやる。

言葉はなくとも、レイチェルはなんとか楽しくやっていた。


レイチェルは毎日、手芸人としては大変充実した日々を送っていた。一人の恋する娘としては、大変空虚なものだったが。


////////////////////



「ヘイゲル様、私もっと皆様と話がしたいんですの。何か、砂漠の言葉を学べる方法はありません?」


手芸を通じて仲良くなった侍女達と、もっと会話がしたい。

いい天気ですね、とかそういう事だけでも、いいのだ。

それから、もうちょっと絨毯織りの、技術的な事を言葉で勉強できたらと、レイチェルは切望していた。


星の並びの角度についても、学術的なところが知りたい。


レイチェルの知っている限りの知識では、この角度で間違いないのだ。

もしも何か、レイチェルの知らない情報を知っているならば、是非ともウィルヘルムに手紙を書いてやりたい。

レイチェルのレース編みのお礼にと、ウィルヘルムは大層美しい、携帯用の小さな望遠鏡を贈ってくれたのだ。


絨毯織は、大変難しく、やりがいがある。

レイチェルは今取り掛かっている小さい練習用のが終わったら、砂漠の七連星のモチーフを、絨毯に入れたいと真剣に願っている。


ヘイゲル侍女長は、気のいい、子供好きの中年の女性で、レイチェルのお願いに、大陸語を学ぶ子供達の教室で、一緒に勉強したらどうかと提案してくれた。


「そうね、大陸語の話せるレイチェルなら、私よりも良いアンリ先生の補佐にもなるわ。」


ヘイゲルは時々、大陸語の教室の手伝いに行っていたというのだが、ヘイゲルの大陸語よりは、レイチェルの方が上手だ。

引きこもり令嬢は一応、アストリアの令嬢としての教育はきちんと受けているのだ。

それに、ヘイゲルも大変多忙だ。砂漠の人々日は、休みの日、という概念がないらしく、年に数回ある休暇と、休日以外は働きづめだ。


ヘイゲルはレイチェルを伴うと、ヤザーンが嫌がるので普段は立ち寄らない、ハーレムの寵姫の居住区の一角の部屋に通してくれた。

寵姫の居住区になると、一気に様々な香の匂いが立ち込めて、グッと雰囲気が変わる。

案内された一角は、子供用の教室になっていて、様々な教科書や、おもちゃなどで溢れかえっていた。


ここで待っていて、とヘイゲルは、何やら中にいる教師役らしいおばあちゃんと、砂漠の言葉で和やかに話をする。

ヘイゲルは、襟の刺繍をおばあちゃん先生に見せると、二人は笑ってレイチェルを教室の中に手招きしてくれた。

アンリ先生とはこのお方らしい。

レイチェルは、ヘイゲルには、庭に咲いている薔薇のような花を、襟に刺繍してあげたのだ。

そして、アンリ先生の襟にも、砂漠のクネクネとしたやり方で、同じ花の刺繍があった。


アンリ先生は子供達を集めて、レイチェルの事を、大陸語で紹介してくれた。


「私の宝石達、砂漠の向こうからの風が、おもしろいお客様を連れてきましたよ。レイチェルは今日から、貴方達の友です。さあ、新しい友にご挨拶を。」


レイチェルは慌てて、大陸語で挨拶をした。


「レイチェル。。と言います。な、仲良くしてね。。」


子供は2歳から7歳くらいだろうか。全部で6人もいる。


皆、ユーセフ王子の子供だと言う。


高貴な生まれの子供は小さな頃から様々な言語の敎育を受けるという。

いずれ、国の利益となる婚姻を結ばされる日がきても、不自由のない為だ。

第一、第二王子までは家庭教師に一対一で学ぶらしいが、後は人数が多すぎるので割と扱いは雑だという。


その雑な扱いの子供達は、外国人が珍しいのだろう、すぐにレイチェルを取り囲んで、仲良くなった。

レイチェルの知っている手遊びを一緒にしたり、アストリアの歌をせがむようになってきた。

砂漠は実に、娯楽が少ないのだ。



////////////////////////


ユーセフ王子はその日、久しぶりに昼から東館のハーレムにきていた。普段は夜しか東館に帰らないのだが、今日は本当に、たまたま時間ができた。


外の天気が良かったので、久しぶりに子供に会いたくなったのだ。

第一、第二王子には鷹狩や、遠乗りで顔を合わせるのだが、他の子供達には、昼に時間を割かないと、滅多に会う事はできない。


滅多にない父の来訪で大いに興奮した子供達と、久しぶりにたくさん遊んでやった。ひと満足した子供達は、疲れ果てた父を置いて、外で遊び始めた。

しばらく会わない間に、ずいぶん大きくなったものだ。


外の子供達の遊ぶ声に、しばらくぼんやりと感傷に耽っていたら、どうやら子供達は、聴き慣れない外国の歌を歌い始めていた。

大陸語の授業で、何か教えられたのかとぼうっと聞くともなく聞いていて、そしてはっと気がついた。


大陸語ではない。

これはアストリア語だ。


拙い子供の歌声からなんとか判断するに、この歌の歌詞は、どうやら魔法の使えない下町の平民の娘の恋の歌らしい。

貴族の男に恋をして、魔法が使えたら、この思いを小さな鳥にして、あなたのもとに飛ばすのに、そんな内容だ。


上品でもないが、下品でもない。

子供が歌ってもまあ、差し支えはないだろうが、教育上特によくもなさそうだ。

単純な旋律から、いわゆる歌謡曲だと思われる。

教育責任者のアンリが教えたにしては、内容がない。

どうしてアストリアの歌謡曲を、私の子供達が歌っている?


そういえば、アストリアからのパシャが、侍女を伴ってきていて、こちらの侍女の居住区に住まわせていると言う話を、確かヤザーンから聞いたような気がする。


ユーセフ王子は子供達が遊んでいる庭に降りていって、子供を呼び止めた。子供達はすぐに父の元に走り寄ってきた。


「やあ、新しい歌を教えてもらったのか。」

父の関心を得たことが嬉しいらしく、子供達は次々に話を始める。


「父上!レイチェルに教えてもらったの」

「レイチェルは砂漠の言葉ができないの」

「ごはんがおいしい、ってそれだけしかいえないの」

「レイチェルは、砂漠の向こうからきたの。」


子供の要領を得ない話から、どうやら娘の名はレイチェルと言うらしい。

砂漠の言葉ができないながらも、ここの子供と遊んでやるような娘のようだ。悪い娘ではなさそうだ。


そして、庭に降りてきた父の膝に座る権利を巡って、いつものごとく、子供達の喧嘩が始まる。

子供の力が強くなってきたようだ。

そろそろ上の息子達は、軍の鍛錬に出さないと、そう思っていた時。


一番下の娘が、兄達のとっくみあいに巻き込まれて、飛ばされて膝をついてしまった。


この娘は泣き声が物凄いのだ。

身構えて、娘が大音量で泣き出すのを待っていると、どういう訳か娘は泣かずに、立ち上がってそのままヒョコヒョコ歩いて、母の元に帰ってゆく。


(何事だ。)


結構な勢いで飛ばされたのに、娘は膝を怪我をしていないようだ。


(おかしいな。。)


妃の腕から娘をだきうけて、娘の膝をまじまじとみてみると、小さなスラックスの膝部分には、みた事もない外国の紋が、刺繍として縫い付けられてあった。

どうやらこの紋の魔術が発動して、怪我をしなかったらしい。

まじまじとみてみると、魔術的には、物凄く精緻な作りだ。

ある一定以上の力が布地にかかると、少しだけ布が、かかった力に反発するように、出力を調整している。出力は、これ以上でもこれ以下でも駄目だ。

見事な作りだ。


「。。。誰がこの刺繍を?」


声に剣呑な空気を感じたのだろう。妃達は黙ってしまった。

側に控えていた侍女が、遠慮がちに、言った。


「レイチェル・ジーン様です。アストリアのパシャのお連れの。」

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