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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
砂漠からの風

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執務中のゾイドは、完全な仕事人だ。


王宮では、自分は公人という考えらしい。

どんな荷重な任務でもキビキビと与えられた任務に集中し、研究所で共にあるレイチェルにも基本的には、上司と部下という姿勢だ。


相手が誰であろうが、態度は変わらず、眉ひとつ動かさない。声を荒げる事もない。

感情の薄い男、という世間の評は、仕事場でのゾイドを見る限り、的を外してはいない評価だ。


(最も帰りの馬車に乗ったが最後レイチェルの髪の毛をいじったり口づけの雨を降らせたり、膝枕を要求したり、聞き分けの悪い子供になってしまうのであるが)


・・・つまりは、これは異常事態なのである。 


「そうは言うが、他に方法があるというのか!まず国益を考えろ!」


大きな怒鳴り声の後、ガラスのインク壺が割れる音がする。続いて、何かが壁に当たって、ゴッと鈍い音をたてた。


ジークの執務室の中からだ。

色々と他にも、貴人らしからぬゾイドとジークの怒鳴り声の応酬が聞こえる。


扉の前の衛兵や、前を通りかかったメイドなどは、何事かとぎょっとした。

ジークも、ゾイドも、執務中は大変冷静で、声を張り上げたりするような感情の発露などは、聞いた事すらない。


この事件は、今日中には王宮中の噂になるだろう。


ゾイドがジークの執務室で怒り狂っている要因は、今日出された王命だ。


ゾイドに、急に断れない縁談話が舞い込んできたのだ。

ゾイドに、である。


先ほど、王の側近がジークの執務室にやって来て、ジークの側近であるゾイドに、金の刷り込まれた、アストリア王のみが使用できるその紙に書かれた書状を持ち、正式な王命を下したのだ。


昔は厄介な縁談話などは、よくあった話だったが、レイチェルとの電撃的な婚約後、ゾイドにちょっかいをかけようなどと考える貴族の御令嬢など国内にはいなかった。


だが今回は相手が悪い。


砂漠の大国の王の、25番目の寵姫が夢をみたのだとか。

月食の夜にみた夢のお告げは、かの国にとって、砂漠の神からのお告げとされる。

砂漠の大国は、ここ数年異常気象に苦しんでいるという。

月食の夜、砂漠の神に祈りを捧げたのち、その寵姫は、砂漠の向こうの、赤い目をした銀の髪を持つ貴人と結ばれる夢をみたそうな。

寵姫と結ばれた、赤い目をした貴人は、その魔力によって異常気象に疲弊している砂漠の国に新しいオアシスをもたらし、帝国はより強大な物に、云々。


それで砂漠の王は、人をやって、赤い目の貴公子を探していたら、ゾイドに行き着いたという。

しかも婚約こそしているが、若く、まだ独身だという。まさに砂漠の神のお導き。

アストリア王の、王継の王女誕生祝いに国をおとづれていた使者から、王にそう、直接正式に打診があった。


寵姫の降嫁が受け入れられたら、友好の証に砂漠の飛龍をアストリア国に贈るというのだ。

国防の要となるだろう、希少な飛龍を、だ。


ちなみに、かの国では、王の寵姫を降嫁される事は、男として最大の名誉とされるのだ。この話を断れば、寵姫の魅力に疑問が投げられ、寵姫、そしてひいては王の顔に大きく泥を塗ることになる。


「。。私はレイチェルと婚約を交わしている。他の女など、受け入れられるか。」


「寵姫を正妻として迎え、レイチェル殿を側妃としてお迎えされれば、万事うまくいくではありませんか。」


ニヤニヤと要らぬ事を口走った、側に控えていた王の側近は、瞬時に氷の柱になった。解氷するには一週間はかかるだろう。


「お前が婚約している事は知っているらしいが、かの国は、4、5人ほど側妃を置く事は当たり前だというからな。大体さっさと神殿にいかなかったお前もウカウカしているだろう。」


ジークの指摘は最もだ。


引きこもり令嬢は、婚姻などは神殿に行って誓いをすればそれでいいという考えなのだが、この困った男は、どうしてもレイチェルには、その首に輝いているサファイアに匹敵する宝石を結婚の誓いに贈りたく、四方八方物色中だったのだ。


グズグズせずに、レイチェルとすでに婚姻を結んで入れば、なんとか言い逃れもできたかもしれないだろうに、この話は砂漠の大国の、王家から直接の申し出だ。大国の王族からの申し出を、中小国の独身貴族であるゾイドが、断れる話ではない。


体面を殊の外重んじるかの国の事だ。この申し出を断れば侮辱されたと受け、国際関係に大きなヒビが入る。


かの国の価値観は、まるでアストリアとは違うのだ。


「。。ともかく砂漠の国まで、王女の誕生祝いの返礼に、行って、話をしてこい。それからでも、遅くはないだろう。。」


それが建前上は、今回の王命である。実質断ることのできない見合いに行ってこいという、命令だ。


ジークにとっても非常に腹立たしい話ではある。

腹心の部下の婚姻が、本人の意志も、ジークの意志も関係のないところで決定したような物だ。

だが、砂漠の大国のような危険な国からの、友好の手を払い除けるほど愚かな施政者は、どこにもいないだろう。


この寵姫とやらが赤い目の男の夢をみなければ、アストリアなど歯牙にもかけられないほどの強大な国だ。

その上、この婚姻が成立すれば、アストリア王国王継の王女の誕生が、砂漠の大国の飛龍の贈呈で飾られるのである。

王位継承の形態の見直しが図られたばかりの新生・アストリア王国にとっては、次代の王政に正統性を与える意味合いでも、この飛龍は是非とも受け取りたいところでもある。


ゾイドは飴色をした組み木細工の美しい、ジークの机を真っ二つに叩き割り、大きな音を立てて執務室の扉を閉めて、去っていった。


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