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翌朝。
ささやかな子爵家の客間に迎えられているのは、アストリア王国きっての魔法伯爵家の長子。ゾイド・ド・リンデンバーグ。長い銀髪に魔力の影響による赤い瞳。王国のきっての名門魔法伯家の、名高い長子が我が家の客間に訪れる日が来るとは、人生はわからないものだ。
昨日の娘のデビュタントの大事件の当事者だ。
深いため息を心について、それでも高位貴族への間違いない丁寧な扱いに注意する。
何せ相手は雲の上の人物だ。通常であれば子爵には会話をかわす栄誉すら与えられない。
「で、娘との婚約をご所望との事ですが、随分急なお話、我が家はご覧の通り小さな領地をささやかにやりくりしておるだけで、娘も何も特徴のない平凡な娘でして。伯爵家との釣り合いを考えますと、どうも現実的ではないお話かと」
ニコニコと笑顔を取り繕うが、ヘラルドは腹の中では猛スピードでこの不可解な一連の出来事の裏を探ろうと、ありったけの可能性を弾き出す。
ゾイドは薄く笑ってこう答えた。
「愛の前には何も大事はありません。私は父の後をつぐ予定ですが、魔法伯家ですのでほぼ研究となります。ご存知の通り魔道士の一族は社交や領地経営などより、己の研究がもっぱらの仕事となりますので、特に伯爵家としては問題はありません。ですがジーン子爵が私では大切なご令嬢には役不足とお考えでしたら、」
言葉を止めた。これはほとんど脅迫だ。
ゾイドは表情の読めない顔で、言葉だけはそれでも、一目惚れの青年を演じるが、正直レイチェルの顔もよく覚えていないので、どこに惚れたとか聞かれたら困るなと、腹の中では最低なことを考えていた。
己のしでかした事を穏便に納めるのに、婚約が一番適当だったから、ただそれだけだ。
だが。ゾイドは笑いそうになってしまった。
何が平凡な娘だ。あんな術式を展開する娘はこの王国どこに探してもいるものか。
「滅相もない。そのようにおっしゃられては、何も私から申しあげられる事はないのですが、ただ娘は一風変わったところがありまして」
ヘラルドは降参した。そもそもこの哀れな男には、ここまで高位の貴族の申し出を、しかも娘相手に昨夜大スキャンダルを起こされてからの婚約を断るという選択はない。だからこそ、いうべき事はさっさと言っておくに限る。
「少し夢見がちと言いますか、趣味に没頭しすぎるきらいがありまして。嫁にはやらずに手元に置いておこうかと思っていた娘です。どうぞ一時の情熱に惑わされず、娘の人となりをよく見てやって、それからこれからのことを焦らずに二人で話し合ってください。」
ヘラルドの瞳の奥には、娘をおもう一人の父と、そして人生を味わってきた年長者として、若い未来を嘱望されたこの男を案じる光があった。




