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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
ゾイドの館

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レイチェルは小屋の台所で、ミートパイを焼いていた。


ジジが王宮で、よく食べにきてくれていた事をちょっと思い出す。ジジはパイが好きなのだ。


(もうあんなに高貴な美しい貴婦人になってしまったら、気軽に皿洗いなんてお願いできなくなっちゃうわね。寂しいなあ。。。)


料理を作った人は、皿洗いをしない。料理をしてもらった人が皿洗いすること。それはジーン家の中での約束事なのだが、引きこもり令嬢は、それが世界の掟だと思っているので、どこぞやの公女だろうが問答無用で皿洗いさせていたのだが。ちょっとそれは、流石にまずかったらしいと、ほんのつい最近気がついた。


ゾイドと一緒に選んだ鍋つかみを手に取る。パイはいい具合に焼けた様子だ。

厚手の鍋つかみは、少しグロテスクな虎の顔をした、可愛い鍋つかみだ。ゾイドと街を歩いた時に一緒に選んだ、大切な、ゾイドとの思い出。


「レイチェル様は若様の事が本当にお好きなのですね、お料理をなさる貴族の御令嬢など、聞いた事もありませんわ。」


ドリスは、見た目は優しいおばあちゃんの侍女で、こうして時々レイチェルの世話をしにやってきてくれるが、正体は実は生粋の諜報専門家で、ウィルヘルムからレイチェルを監視するように命令を受けている。


レイチェルは基本、人を疑ったり怪しんだりしない。

屋敷の壮麗さに萎縮してしまっていた時に世話を受けた、優しいおばあちゃん風侍女にすっかり心を許して、あれやこれやとドリスに秘密の話をするが、その内容は実は全てウィルヘルムに報告されているのだ。


。。と言っても、子爵家秘伝の手抜き料理レシピだの、しみぬきのコツだの、そういうレイチェル的に重要な秘密を報告されても、ウィルヘルムには何一つ響かないのだが、ドリスはかなり感銘していた。このお嬢さんは、お館様が気に入らないなら息子の嫁に欲しい、と。


「あら、私は貴族と言っても、ほんの末端よ。なんだって自分でするわ。お料理もそう得意ではないのだけれど、ミートパイだけは、スパイスの配合が絶妙だって、お父様から褒められているの。うまく焼けたら、お屋敷の皆さんにも持って行って差し上げてね。体が温まるのよ。」


もうすぐゾイドがやってくる。

今日は屋敷から小さなピアノを持ってきて、一緒に歌を歌う予定だ。


先日、ゾイドに何か一緒にしたいことはありませんか、と問うと、照れたように、ゾイドはレイチェルの焼いたミートパイを食べながら、神殿でレイチェルが歌っていた、流行りの歌を一緒に歌いたいというのだ。


こうして毎日順番で、二人はその日やりたい事を提案して、子供の様に楽しんでいる。


明日、レイチェルはゾイドと凍った池を滑って、それから雪の山を作って、中でココアを飲むのだ。

贅沢にも、普段の日なのに、ココアにはマシュマロを浮かべたいとお願いしたら、大笑いされた。


穏やかな日々が続く。


////////////////////


しばらくして、ゾイドが下男と一緒に、裏口から入ってきた。暖炉の部屋にピアノを置いてくれるらしい。


「やあ、美しい人。今日も貴女と過ごせるなんて、私はなんて運がいい。」


輝かんがばかりの笑顔には、エクボがくっきり、見えている。

ふわりと大きな体を折り曲げ、レイチェルを大切そうに抱きしめると、レイチェルの髪に指をとおし、口づけを交わす。


(慣れないわ。。やっぱり慣れないわ。。)


こじんまりした、この小屋にいる間は、レイチェルはなんとか自分が現実の世界に生きている事を実感するのだが、この悪魔のように美しい男に愛を語られる度、やっぱり夢物語の世界にいるんじゃないかしら、と思ってしまう。


美しいにもほどがあるのだ。


ぼう、っとゾイドの胸に抱かれて、ゾイドのしたいようにレイチェルの地味な髪を弄らせていたら、ようやく下男の他に、誰かがいる気配を感じた。


レイチェルは、びっくりして、飛び上がってゾイドの腕から離れると、上ずる声をなんとかしながら、淑女の礼を取った。

ゾイドと同じ、いてつくような、鋭い氷の瞳が、ピアノの後ろにあったのだ。


「こ、これは閣下におかれましては、ご機嫌麗しく。。」


「ミートパイを焼いていると聞いたのでね。お相伴に預かりにきたよ。」


ニヤリと笑うその口元も、ゾイドと同じだ。


ドリスに振り返ると、どうやらドリスは知っていたらしい。

テーブルには三人分のカラトリーがセットしてあり、さっさと残りのパイをバスケットに入れると、下男と一緒に屋敷を退出してしまった。


当然の様に食卓にどっかりと座って、ウィルヘルムは勝手にワインを開ける。


不安そうにゾイドを見ると、柔らかく微笑んでいた。

ゾイドの様子から、どうやらレイチェルに害をなすつもりでやってきた訳ではなさそうだが。


(ああ。。私のパイなんて、こんな拘りのお強い、高貴なお方にお出しできるようなモノであるわけないでしょう。。)


目眩がしそうだったが、氷の彫刻のように美しいこの親子は、レイチェルの心情など気に止める事もなく、さっさと着席して、パイを切り始めた。

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カトラリー、な
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