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「ええっと。。ルード様、なんですか、ここ。。」
「ルード、とお呼びください。ここはレイチェル様のお部屋でございます。」
このメガネの執事は、淡々と質問に答える。
ここはどこからどう見ても、王妃様のお部屋の様相だ。
ドアと同じ様に、繊細な白い貝細工が嵌め込まれた豪奢な家具には、春の庭園の様相が埋め込まれてあった。聞けば、この窓から見える屋敷の庭の景色だとか。
気が遠くなるほど高い作りの天井には、神々の遊ぶ世界が描かれている。
その天井を飾る水晶作りの照明は、東の国で使われている、紙でできた照明器具を模して、曇り加工のある緻密な細工のある、非常に趣味の良いものだ。薄く複雑なカットが表面に施されているので、灯りを灯すと、幻想的な世界が広がる作りなのだろう。
(それにしてもなんていう天井の高さなのかしら。。3階建ての建物が丸々入ってしまうわ。。)
レイチェルはこんな美しい部屋を見た事がない。
歩みを進めようとすると、毛足の長いカーペットに足を取られてしまった。ゾイドは笑いながら、ああ、この部屋のカーペットはユニコーンの子供の毛で作っているので、転んでも怪我しない作りになっていますから、と優しく手を取ってくれた。
ここは間違いなく、王妃様か、それに準ずる立場の人が利用する様な部屋だ。
レイチェルは見学させていただくだけでも恐れ多いのに、何をルードは血迷って、ここがレイチェルの部屋だというのだろう。
「お部屋はお気に入っていただけましたか?そうそう、そちらに、当面の衣装類を揃えています。貴女の好きなものを揃えますので、あとでサロンを呼びましょう。」
ご機嫌のゾイドは、レイチェルを促して衣装の入っている扉を開けさせる。
レイチェルは嫌な予感がしたが、精緻な作りの衣装部屋の扉を開けてみる。衣装部屋の取手は真鍮の細工だと思っていたが、この柔らかさは、間違いない。黄金製だ。
そこには色とりどりの、光り輝く様な上質のドレスの数々がぎっしり、入っていた。
一枚にそっと手を伸ばしてみると、そのフリルの端々に、本物の美しい真珠の粒が豪勢に飾られていた。レイチェルの礼拝用の真珠のネックレスより、余程上等の粒のものが、だ。レイチェルはそ、っと衣装部屋の扉を閉じると、ゾイドに死にそうになりながらいった。
「。。ゾイド様、私にこんな美しい衣装、こんなにたくさん必要ありません。。」
ゾイドはおや、という顔をして、ルードに向いて、言った。
「ルード、20着だと聞いていたが。」
「はい、仰せの通り、当面に不自由がない分だけです。後はレイチェル様の指示をとの事でしたので。」
そうか、と満足そうに頷くと、
「レイチェル、お聞き及びの通りです。たった20日分しか用意していませんので、あとでサロンに来てもらいましょう。」
靴は一応冬の間は足りるだけあります、
帽子は別の部屋です、など何を言っているのかもうよく分からない。
ちなみにレイチェルは季節毎に十着ほどのドレスを持っている。
お茶会用、礼拝用などを除くと普段用は木綿でできた、六から七着だ。
何年も着るが、購入したらすぐに刺繍を入れたり紋を入れたりして好きに改造するので、毎年違うドレスに見えて、それなりに満足しているのだ。
(そういえば、お姉さまに聞いた事があるわ。。高貴なお姫様方は、1日でも来た服は2度と袖を通さないって。。)
そんな勿体ない事をレイチェルにできるわけがない。レイチェルは、末端子爵令嬢なのだ。
「ゾイド様、ちょっと私、疲れてしまいました。。」
「そうですね、お茶にしましょう。ルード。」
レイチェルは、ソファに倒れる様に座り込んで、ゾイドは、その横にぴったり体をそわせて、レイチェルの手を握り締め、額に、頬に口づけを贈る。
いつも、年齢より落ち着いて見えるゾイドは、今日は年相応の若者の様な目をして、レイチェルを見つめていた。
「レイチェル、私はね、貴女が今日、ここにいるこの瞬間が、今までの人生で一番幸せなんです。」
臆面もなく、そんな事を口にしながら、今度は唇に口づけを落とす。
ルードはそんなゾイドに眉ひとつ動かさず、コポコポと紅茶を入れている。
「ゾイド様。。」
レイチェルだって、ゾイドと二人で時を過ごせて、嬉しいのだが。
(ゾイド様がここまで名家のお方だっただなんて。。こんなお方と婚約するなんて、無理よ無理、絶対無理よ。。)
レイチェルだって、ゾイドがお金持ちの家の後継だとは知っていたが。
おそらく屋敷に部屋が10部屋あって、使用人が6人くらいいて、庭には温室があって、というその程度がレイチェルの知るお金持ちの姿の限界だったのだ。
急に二人の身分の、想像以上の違いが不安になってくる。




