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レイチェルは、馬車の窓から見えるアストリアの街並みに、心がじんわりと、解けるようだった。
どれだけ素晴らしい時を過ごしていても、やはりフォート・リーは外国の地、ほとんど引きこもりのレイチェルに、見知らぬ外国での長期滞在は心の負担が大きかったのだろう。
車窓から見えるのは、アストリアの景色。
少し体温の高いゾイドに抱かれて、気怠いゾイドの香りに包まれて安心したのだろうか。
少しずつ。まぶたが重くなってゆくのを感じた。
ゾイドはその大きな手でレイチェルの頭を撫ぜて、ついたら起こしますから、と言ってくれた。言葉に甘える事にする。
(あったかい。。)
王宮までの石畳の振動は、とても心地よかった。
半刻もうとうとしていただろうか。
目を開けると、車窓は城下町の噴水の前の広場だ。
ここは城下町の中でも一番発展している場所で、週末には多くの市が開かれている場所でもある。
レイチェルも、祭りの日は花火がみたいから、噴水前の大きなお屋敷の外壁に登って見た事がある。
このお屋敷は本当に広く、城下の子供であれば、皆このお屋敷の外壁に登って祭りの花火を見た事があるだろう、お屋敷の門から延々と続く広い庭があり、実際の屋敷は遠くでとても小さく見える。
ここに誰が住んでいるのか、壁から屋敷までの距離が遠すぎて見えたことはない。
どうやら、今この屋敷の門をくぐって入るらしい。
(ん?)
多分王族の持ち物か、そうでなければレイチェルの館の隣にある魔術史史料館のような施設だと思っていたけれど、一体この謎の館になんの用事だろうか。
ようやくゆるゆると目覚めてきたレイチェルは、いつも外から登っていた壁の内側からみるこのお屋敷の庭に心を奪われていた。
外から見ても、小さな丘のような美しい場所だったが、中に入ると、よく整備をされた庭に、様々な花や木々が、規則正しく管理されており、少しだけ、ジジが逗留していたフォート・リーの離宮を思い出させた。
「お目覚めですか、可愛い人。」
大きな手が、レイチェルの頭をゆっくり撫でる。
気持ちいい。
本当に、このお方の猫になった気持ちだ。
「ええ、よく眠れました。ええと、ここは城下町の噴水広場の前のお屋敷ですよね。ここに何か御用でした?」
ゾイドは嬉しくて仕方がないという面持ちで、にっこりレイチェルに微笑んで、言った。
「私達の家に帰るんですよ。後少しで到着します。」
それまでゆっくりしていてください、とゾイドはレイチェルのつむじに口付けを落とした。
(子爵家に向かうのね、このお屋敷の裏だもの、近道なのね。でも、私達の家ってどういう意味なんだろう。。)
王都の石畳の道は大変心地良良かったが、このお屋敷の道はもっと整備されていて、振動も少ない。
それにしてもなんて広大な敷地かしら、このあたりで店を出すには、小さな店でも相当に家賃が高値な場所だと聞いた事があるけれど。。
さすがゾイド様くらいご立派な方なら、近道を使っても許されるのね。
そんな事をつらつらと、レイチェルは半分寝ぼけながら考えていた。
色々疑問に思う事ばかりだが、ゾイドの大きな手にずっと撫でられて、ともかく心地良い。
思考が停止して、ともかくこの手にずっと撫でられていたいと、そんな気もしてきた。




