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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
恋の行方

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「ええ、ライラ殿の赤子は女の赤子で、アーロン殿によく似ていた。名前は確か、マリベルとか。青い瞳と金の髪で。平均的な大きさの健康な赤子だったと記憶しています。」


しれっと、ライラの赤ん坊が誕生したという大ニュースを、今頃になってレイチェルに伝えるゾイドに悪気は全くない。


事実だけ淡々と、馬の子が生まれたかの様にレイチェルに知らせるが、ゾイドにとってライラの赤ん坊は、領地で生まれた馬の子くらいの関心事なのだろう。


「だから!それは!一番最初に教えて下さらないといけないんじゃないですか!!」


レイチェルは絶叫するが、ゾイドは意に介していない。


そんな事よりも、会議からまた多忙を極めていた二人の、ようやくの逢瀬の時間が嬉しくて仕方がないのだろう。

非常にわかりにくいが、間違いなく浮ついている。しっかりと繋がれた大きな手は、レイチェルの小さな手の存在を確かめる様に、時々ぐっと力が込められる。


(う、美しいお姿に騙されてはいけないわ。。このお方は本当にご自分のお心のままに行動されるから。。そうだわ、デビュタントの夜会でも私を大変な目に合わせたのはこのお方だったかしら。。)


逢瀬とは言っても、今は、フォート・リー国で初めて開かれる、ロッカウェイ公国が主宰の記念すべき友好の夜会に二人とも参加中なのだ。


今日の夜会は、フォート・リーの王族をはじめ、国内有力貴族はもちろん、ロッカウェイ公国公爵夫婦、公女ジジ、そしてアストリア国の調査団の責任者であるジーク・ド・アストリア第二王子も参加するという、三国の王族が一同に会する、大変政治的に重要な夜会だ。


レイチェルが公国の名誉客である事を内外の貴族に知らしめ、レイチェルの身柄を平和的にをフォート・リーから奪取する為、あまり人前に出たがらない引きこもり令嬢の参加も必須だった。


一方のゾイドは、ジジの警護としての職務での参加だが、レイチェルを見つけた瞬間、完全な職務の放棄状態のゾイドに、ジジは呆れて、それから笑って、夜会がはじまる前のほんの少しの間だけ二人だけの、窓辺の時間を作ってくれたのだ。


デビュタント以来となる、ゾイドの魔道士としての正装姿に、レイチェルは目が離せなくなってしまう。本当に魔物の様な美しさだ。


ゾイドの口から紡がれる爆弾発言にもっと抗議しなくてはいけない場面であるはずなのに、その美貌に心が奪われて、何も考えられなくなってしまう。


溶ける様にレイチェルを見つめるその赤い瞳は、鳩の血の様に赤く、銀の矢の様な長い髪のまとわりついた、黒いローブは、官能的な夜を思わせる。

蠢く様な金と紫の刺繍の入ったローブを纏ったゾイドのその大きな体は、今日はコロンを纏っているのだろう、品の良い白檀の香りが、気怠いジャコウの様な香りと混じって、クラクラとレイチェルを別の世界へ連れてゆく。


(。。やっぱりこの方悪魔の使いなのかしら。)


大勢の夜会の参加客も、そのゾイドの美貌に皆目を奪われて、さざめく鈴の様に注目を集めているというのに、一切ゾイドは気にもかけずに、じっとレイチェルだけを、見つめている。


長い夜になりそうだ。


///////////////////////


公爵夫婦が逗留している、本日の夜会の舞台である東の離宮は、要塞の役割をになっている事もあり、軍事用の重厚な作りだ。

アストリア国を臨む国境の川に面した高台の上に建立されており、対岸には美しいアストリアの夜景が見える。

冬の入り口だというのに、暖かい南からの海の水を湛えた川沿いからの風は暖かく、冬の夜会にはぴったりだ。


魔術士や研究者達の間で大事件とされ、後年その会議の開かれた場所から、クイーンズコート会議と呼ばれた会議の内容の確認や裏とりで、三国の関係者からの協力要請や面談依頼でレイチェルは会議の直後から、今まで目もまわる忙しさであったが、それはレイチェルに限った事ではなく、会議に参加した全ての関係者に当てはまる。


特に記憶力に特化した能力のローランドは、直ぐにアストリアに引き戻されて、脳の中に入れてきたものを全て出さされる勢いで、見たもの聞いたものの全てをアストリアの学者たちに洗われている最中にだと、ルイスからの報告書にあった。

後、国中の孤児院の子供の下穿きが細かく検分されていると、困った様に加えてあった。ルイスの爆笑顔が、こうして川を隔てても思い出されて、懐かしく、それからちょっと腹が立つ。


耳に心地良い、低い、胸に響く声で、ゾイドはささやく。


「あなたが赤子の為にあの部屋で用意していたレースの産着は、全て送りました。それから殿下からの緑山羊の毛糸でできた毛布も赤子に送りたかったのでしょう。あなたの腕には及びませんが、サロンで作らせたものを送っています。」


「。。。あ、ありがとうございます。。」


ゾイドは赤い瞳を離さないまま、淡々と細やかな気遣いを知らしてくれるが、そんな細やかな心をお持ちなら、まず赤ちゃんの誕生を一番に教えて欲しい所だな、とやはりレイチェルは苦笑いだ。本当にずれている。


「。。。それにしても。。」


ゾイドは眉を潜めて、唇をかんだ。


「宝石もドレスも先をこされるとは。。」


そして、それはそれは忌々しそうにゾイドはレイチェルの首を飾るサファイアを睨む。


そう、レイチェルは、未だにゾイドから、ドレスも宝石も、花束も何ももらっていない。かろうじて蝙蝠石の首飾りと、そしてメリルの鉢植えを受け取ったが、ゾイドの身分を考えると、何も渡していないと同じ事だ。

今日のレイチェルの装いは、ルークに押しつけられた、何をどうしても首から外れてくれないやたらと価値の高い首飾りと、ロッカウェイ公国から贈られた、薄い紫色の大変上品なドレスだ。


公爵は、今夜の為にレイチェルに、公女と同じサロンで作らせた立派なドレス一式を贈った。

公爵からすれば、レイチェルは国を挙げての恩人だ。長年の公女の身体の問題を解決に導き、公国の後継問題の解決、そして隣国との外交の糸口となった一連の事件の中心人物だ。

感謝しても仕切れないという公爵に半ば無理やり押されて、公女と同じ色あいのドレスだけは受け取ることとなった。


実はこれも、ガートルードのサファイヤの首飾りに対抗した、公爵の戦略の一つだ。

公爵から贈られた、公女と同じ色のドレスを纏い、王女からの首飾りをつけたレイチェルは、フォート・リーとロッカウェイ両国からの大切な客分に見えるだろう。レイチェルとの婚約を既成事実にしたいルークへの牽制だ。


レイチェルは何もよく分かっていないが、ゾイドは公爵の意図も、ルークの意図も理解しているので、それこそ己が愛しいレイチェルの装いに、何もできない事が腹立たしくて仕方がないのだ。


夜会の開会を告げる曲が始まる。


ゾイドは名残惜しそうにレイチェルの指先に唇を落とすと、壇上に向かう。

今晩ゾイドは、職務に集中せざるを得ない。

今日の夜会はこれだけの各国の王族が一同に会するのだ。

何事もあってはならない。そして、何事も起こさない。


表情の見えにくいこの男の顔から、甘い香りは霧散し、瞳には赤い氷が戻ってきた。今夜はもう、ゾイドの瞳がレイチェルの顔を写すことはないだろう。


広いゾイドの背中を見送って、レイチェルは付き添いを断り、一人バルコニーから、庭園に出る。


レイチェルは引きこもりだ。

華やかな場所も、多くの人が集まる場所も得意ではない。

今日の様な歴史的な大夜会に、一人で庭を散策する様な変わり者はレイチェル一人だ。

音楽の調べが遠くに聞こえる。


青い月が出ていた。

国境の川は、青い月を映してキラキラと美しい。

冬のはじめだというのに、南の海からの風は暖かく、遠いアストリアの夜景は満点の星空の様だった。


(。。デビュタントの夜会が、もう大昔の事の様だわ。。)


レイチェルは、デビュタントのその日から今日までの事をぼんやり思い浮かべていた。

屋敷で引きこもっていた毎日から、その日を境に始まった怒涛の様な日々。


たくさんの人と出会い、たくさん泣いて、笑って。

王宮に呼ばれて。神殿の乙女となって。

拐われて川を超えて、外国にも来た。そこでも沢山の、大切な人たちと出会い。海も、見せてもらった。


そしてレイチェルは、恋を知った。


(私。。)


ほう、とため息をつく。

ずっと引きこもって、手芸をして暮らしていくつもりだったのだ。

レイチェルは幸せだったし、そんな人生を歩んでいても、後悔はなかったと思う。


でも、一歩屋敷から足を踏み出したら、こんなにも美しい世界が、待っていた。

こんなにも素晴らしい出会いで満ちていた。


背後から、誰かが近づく気配がした。

レイチェルは、それが誰だかなんとなく知っていた。

ずっと会いたかった、大切な、大切な人。

振り返ると、甘い、暖かい南の海からの風が、青い百合の香りを運んできた。


「私と踊ってくれませんか、美しい方。」


白い、騎士服を纏ったルークだ。

白薔薇の様な美しいその男の、金の瞳を真っ直ぐに見つめ、レイチェルは、その手をとって、微笑んだ。


「喜んで。」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] え?ルークに会いたいの?大切な人なの?理解できませんでした。
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